海外Q&Aサイトの「なぜ外国人は日本人の脳が違うということを受け入れられないの?」という質問から、回答をご紹介。


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■回答者1(アメリカ)
おいおいおい、なぜ人間の脳に違いがあるなんて信じてるんだ?

日本人と外国人で人間の脳に違いはない。ドイツ人とイギリス人でも、アメリカ人とヒスパニックでも、黒人と白人とアジア人でも違いはない。脳に違いが出るのは遺伝的な病気と外傷の時だけだ。

さもなければ、唯一の違いは文化的に固定される要素だけだろう。人がどう物事を処理し行動するように教え込まれるかで、そしてこれはどこでも1人1人違っている。

ある人種が他より優れているなんて思い込むんじゃない。ヒトラーや、その生まれ変わりのトランプみたいに見えるぞ。

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■回答者2(アメリカ)
なぜなら、「日本人」は生物学的な分類ではなく、あくまで国籍に過ぎないから。先祖が韓国人の「日本人」だっている。先祖が中国人の「日本人」もいる。先祖がアイヌの「日本人」もいる。

私のように、先祖がスコットランド・アイルランド・イングランドの「日本人」もいる。

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■回答者3
私の息子は父親が外国人、母親が日本人で、日本生まれで日本語を母語とする「ハーフ」だ。彼も日本人ということになるか? 数年前に聞いた話だが、日本人は腸が長いから外国の米を食べられないとか、日本の雪は違うから外国のスキーは日本では使えないんだそうだ。この手の話は雑草みたいにいつまでもなくならない。



■回答者4(アメリカ)
なぜかと言うなら、「日本人の脳は違う」という考えは人種差別的な嘘であり、人道に対する侮辱だからだ。科学的には、ある解剖学的な部位が違うと言うには、「違う」ことがどう効率的か(あるいは非効率的か)、適応性があるか(あるいはないか)、能力が大きいか(あるいは小さいか)を調べる暗黙の義務がある・・・手短かに言うと、君はこれを作業仮説として受け入れた時点で、日本人の脳が他の(日本人以外の)脳と定性的に比較してどう違うかを示す義務が生じるということだ。

科学者の中には、肩をすくめてこう言う人もいるだろう。「だから? そんなの当然だろ!」確かに日本人の脳と日本人以外の脳を、注意深く管理され査読を受ける調査で比較すること自体は、何も間違ってはいないし悪いことでもない。私は進歩に反対する者ではない。

しかし、まともな科学者が何かの解剖学的部位について違いがあると言うのを聞いたことがあるか? 誰かが日本人の小指とか、膝の皿とか、腹とかが違うことを調査していたりするか? 今では世界的に食べ物の標準は似てきていて、測定可能な人種間の違いはある地方のネアンデルタール人やその他の生物学的遺産に相関してきている。

われわれの種(ホモ・サピエンス)の中で、唯一意味のある生物学的な基準はDNAだけだ ― 日本人と人種的に区別される成人は、生殖が可能であれば、日本人との交配において生物学的に有利に(あるいは不利にも)ならない。

日本人の脳が日本人以外の脳とは違うと主張するのは、優生学の正当化の始まりだ。もし私の日本人の妻が、娘を産むのに生物学的な長所か短所があったとするなら、日本人以外の中で誰が日本人の成人と子供を作るべきか、また誰が作るべきでないかを知っておくのは科学的な義務ということになる。私と妻は子供を作ることで、未来の世代の役に立ったのか、仇をなしたのか? これが倫理的または道徳的な問題になるのは、一つの種が他の種より生物学的に優れているという主張が基礎にあるからだ。こんなのはわれわれが1、2世代前の歴史のゴミの山に置いてきた問題じゃないか?



翻訳元:Quora



質問者が言っているのは、日本語の特性により日本人は脳の使い方が違うという角田忠信氏(→Wikipedia)の説だと思います。



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