海外Q&Aサイトの「米国が第2次大戦中に日本の多数の民間人に空爆をしたのは正当なことだったと思う?」という質問から、回答をご紹介。


777059

■回答者1(アメリカ)
君は歴史上の戦争について考える時のよくある間違いを犯していると思う。

戦争は、実際に経験しなければ大抵の人には完全には理解も認識もできないものだ。戦争は単に残忍なのではなく、信じがたいほど恐ろしいものだ。人道というものは戦争には一切ない。慈悲もほぼない。戦争に行く時にそういった性質を持っていたとしても、戦闘のさなかにあっという間に消え失せる。

よく色々な公式の心理学の用語が与えられる:PTSD、生存本能、闘争・逃走反応、生命維持、復讐、仕返し、怒り、憎悪、負けん気、仇討ち等々。現実には、恐怖でほとんど動けなくなる。生き延びたいという欲望が、身の回りに進行する死に直面する。同時に、戦友が全員死んだのに生き延びるという罪悪感は圧倒的だ。

参考:
「闘争・逃走反応(とうそう・とうそうはんのう、英語: fight-or-flight response)は、1929年にウォルター・B・キャノンによって初めて提唱された動物の恐怖への反応である[1][2][3]。闘争か逃走か反応、戦うか逃げるか反応ともいい、戦うか逃げるかすくむか反応(fight-or-flight-or-freeze response)、過剰反応(hyperarousal)、急性ストレス反応(acute stress response)とされることもある。」
戦うか逃げるか反応 - Wikipedia

個人にはこうした感情が生じるが、それはまた集団の中にも、さらに国民レベルでも生じる。こうした感情は激烈な国民的プロパガンダ・キャンペーンと、偏向したニュースによって増幅される。こうした感情は時とともに非常に強くなり ― より理性的で文明的なそれ以外の感情が抑圧されるレベルに達する。人道と慈悲は消えてなくなる。文明的な自制や道徳心といった考えは消えてなくなる。むごたらしいもの、胸が悪くなるもの、吐き気を催すものに対する感覚は麻痺する。敵の死を見るのが喝采すべきことになる。

ある者は「目には目を」を望み、復讐や愛国的な理由のために敵を殺したいと思う。ある者は自分の友人や同国人が殺されるのを止めるために敵を殺したいと思う。ある者は好き好んで敵を殺す。一度殺してしまえば、どんどん簡単になる。敵を人間以下の存在と ― 死に値するものと見るようになる。殺人は帳簿に書いてスコアをつけるための手段に見える。銃床には刻み目。爆撃機や戦闘機の側面には小さな国旗。

もちろん、行動の中にわずかな人間性が忍び込んで戻ってくることは、例外的ではあるが多数ある。クリスマスの休戦。怪我人の回収。しかし滅多にないし、短期間のことだ。ナチスは2,400万人のロシア人を殺した。これは24時間365日休みなしで働いて3年間、毎時913人という数字だ。そしてそれより多かったのが南京、アウシュビッツ、スターリングラード、ゲティスバーグ、ソンムの戦い、広島・・・そして日本への空襲だ。

今日の感情、道徳、ロジック、観点でこうした過去の出来事について判断を下し、その原因について考えるのは間違いだ。それは単に見当違いの判断であるだけでなく、当時その出来事の原因となった他の出来事や動機、感情、経験を無視することであり、また戦争の正当性と真の残忍さを軽視することだ。もし君に完全な共感力があるなら、多くの場合、過去の決断に疑問を差し挟みはしないだろう。



■回答者2(アメリカ)
興味深いことに元国防長官ロバート・マクナマラはその回顧録で、日本の空襲には罪の意識を覚えているが、ベトナムについては何とも思っていない。

彼はあれが戦争犯罪で、自分と空軍大将カーティス・ルメイは戦争犯罪で有罪だと言っている。

マクナマラは、無辜の民間人犠牲者は数百万に上り、かつそれは計画的なものだったと述べている。焦点は原爆に当てられているが、犠牲者の数は空襲の方がずっと多く、日本全国でずっと長期間に渡った。アメリカ空軍はどういう結果になるかあらかじめ知っていた。

米国はベトナムにナパーム弾を投下したが、マクナマラにとっては、これは日本の空襲より悪いものではなかった。

マクナマラは、ヨーロッパの空爆は爆撃手の安全のため高空で行われたが、日本では防御がほぼ残っていなかったため、ルメイは低空で爆撃を行わせたと主張している。日本の家は木造なので空襲火災を引き起こした。

レイシズムは今日では使われすぎの言葉だが、第2次大戦のポスターを見れば日本の場合の方がレイシズムがひどかったことは明らかだ。

ジャーナリズムの主流は、『フォッグ・オブ・ウォー』(※マクナマラのインタビューを中心とするドキュメンタリー映画)と回顧録のことでマクナマラに対しては極めて批判的だった。私は今では、彼らの半分はペンタゴンのために弁解をしていたのだと思っている。当時は第2次大戦について十分よく知っているつもりだったが、日本の空襲が本当はどの程度のものだったかについて、私の今の知識の90%はマクナマラに依っている。



■回答者3(シンガポール)
正当とは思わない。そして日本も、アジアで虐殺戦争を始めたことについては正当化されない。

戦争は残酷で邪悪だ。残念なことに日本はそれを始めた。日本の空襲や原爆について考える人は、まず南京、そしてその他多くの日本が破壊した都市と社会のことを思い出すと良いだろう。

日本が私の国、シンガポールを占領した時のことだ。彼らは女子供を含め英語の読み書きができる中国人を駆り集めた。そして殺して、証拠を消すため遺体を海に投棄した。逃げ延びたのはわずか数名だった。

main-qimg-8e628c9adf0d220a690b91290de60e5c

main-qimg-97a3d8cc187d020919a179788151edd2-c



■回答者4(アメリカ)
戦争は汚いビジネスだ。成功するには2つの目標が必要になる。第1に、勝つためには何でもすること、それもできるだけ早く、納得のいく方法でやること。第2に、それによって敵国の戦意を喪失させること。ウィリアム・シャーマンが戦争は地獄だと言い、そしてその戦争を始めた南部を後悔させてやった時、彼はこのことを理解していた。今日、われわれはこの根本的な事実を理解していない。戦争を心地よく人間的なものにしようとしている。その結果、戦争は終わりも勝利もないものになった。われわれは2つの目標に集中していた場合よりも多くの惨事を、四方八方に作り出している。

参考:
「ウィリアム・テカムセ・シャーマン(William Tecumseh Sherman, 1820年2月8日 - 1891年2月14日)は、アメリカ合衆国の軍人。」
「南北戦争において、焦土作戦をアメリカ南部で展開。近代戦略の実行者、または近代戦の創始者、最初の近代将軍などと評価される。彼の行ったジョージア州アトランタを焼き払った後の「海への進軍」、およびサバナよりの北上作戦により、南部経済は壊滅し、南北戦争の終結を早めたとされる。」
ウィリアム・シャーマン - Wikipedia

イラクがいつか平和になるかは疑問だが、アフガニスタンの戦争はわれわれが友人作りと国家建設をやめて2つの目標に集中し始めるか、あるいは全てをまずい仕事だったと諦めるかするまで、ずるずる続くだろう。

反対に、ドイツと日本は強く踏みつけてやった。その結果、彼らは戦意を喪失した。どちらの国も、1930年代から40年代、ドイツの場合は1914~1918年にやったことを繰り返す見込みはない。

答えはイエス。日本の空襲はシャーマンの「海への進軍」のようなもので、完全に正当だ。



翻訳元:Quora



まあアメリカさんからしおらしい言葉が出てくることは期待してないです。



関連記事:
外国人「第2次大戦で一番残酷だったのはどこの国の軍隊?」→「そりゃ勿論・・・」
外国人「日本は連合国よりずっと残酷だったのに、なんで被害者ヅラしてるの?」
アメリカ人「原爆投下前には避難を勧告するビラを撒いていたんだが?」





米軍が記録した日本空襲