海外Q&Aサイトの「四季があるのは日本だけだって実際に日本人が言うのを聞いたことある人っているの? これって『ガイジン』が侮蔑語になった経緯と似てないか?」という質問から、回答をご紹介。


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■回答者1
東京は巨大都市で、南に向かってはほとんどマリアナ海溝の辺りまで続く島々がある。私はこの島々によく行く機会があって、当然ながら、季節についても話した。

島の若い女性は、島民特有の大きな声と満面の笑みで、この島には季節は2つしかないわよと言った。暖かい季節と、それほど暖かくない季節だ。あるいは、見方によっては1つの季節の2つのバリエーションだ。

確かに雪はほぼ降らないし、暖かい冬の日の気温は20度以上になることもあり、肌寒い日があっても10度程度だ。春と秋は全く見られず、非常にゆるやかな気温の変化と、周囲の自然の目立たない変化があるだけだ ― 夏の緑は冬よりも青々として見えるが、それでも同じ緑だ。一年を通じて雨は多いが、温暖な時期には台風の方が多くなる。

ある日、上述の女性の家を訪れた時、娘さんがカラフルな本を学校から持ってきて私に日本について教えてくれた。彼女は日本本土には年に数回しか行かないが、時々日本の大使のようになる。いわく、見て、日本には4つの美しいはっきりした季節があるの。そして雪に覆われた森林、紅葉、夏の青い花、春の桜を見せてくれた。この島ではどこで雪が見られるのかと聞くと、彼女は笑って自分の部屋に消えて、私と木の実投げのゲームをするのに使っている木の実を取ってきた。

どうやら、4つの独特の季節というのは学校で教わることのようだ。それには至極もっともな理由がある。日本の一部、とりわけ東北と西海岸には確かに4つの美しい季節があり、人がそれほど住んでいないのは残念なことだ。4つの季節すべてを愛でるというのは中国の古典文学と美術にまで遡れるもので、日本は文化的に多くのものをそこから借用した。だから想像上の調和を乱そうとせず、受け入れればよい。日本はその方がずっと楽しいし、日本の美意識の多くはその上に成り立っている。季節の食、季節の色、そして観光。いずれも非常に美しく、充実したものだ。



■回答者2(アメリカ)
四季があるのは日本だけだと日本人が言うのを実際に聞いたことがある。これが彼らの完璧とは言いがたい英語のためなのか、日本の気候が事実他の国々より優れていると率直に信じているためなのかは分からなかった。そこで私は「5つの季節のある町」、シーダーラピッズ(※アメリカ合衆国アイオワ州の都市)の話で返すことにしている。日本の四季がいかに最高なのかについて喧嘩腰になっている人にとっては、これは本当に我慢のならない話だ。英語を上達させたいと本気で思っている人にとっては、「季節」に2つ以上の意味がありうること、そして単に「四季」と言った場合には何重もの意味がありうることという、いずれも熟考に値することを学ぶための優しい刺激になる。そして私のお気に入り、世界と世界に対する日本の関係をもっと理解しようと真摯に努める日本人にとっては、将来他人と話す際に使うアイディアのレパートリーに次の台詞が追加されることになる:私たちを結びつけるものが、私たちを強くするんじゃないか?

参考:
「シーダーラピッズの渾名は「5つの季節の都市」であり、これは通常の四季に加えて、四季を楽しむための時を「5つめの季節」としているからである[1]。5つの季節の象徴はシーダー川北岸沿い中心街にある彫刻「5つの季節の樹」である。「5つの季節」という名前や彫刻による表現は市内至る所で多くの形態で表されている。」
シーダーラピッズ - Wikipedia

さて、意見の違う人には恐縮だが、この件はレニー・ブルースの線で進めることにする。許されないほど残酷な人種的中傷が、残酷なのは・・・それを聞く者に対して「魔法のような」力があるからだ。私は自分にかけられた「呪文を破った」ので、「ミック」(※アイルランド人を指す侮蔑語)みたいなアイルランド人への汚い中傷にも対処できる。アイルランド人の祖母は先祖から受け継いだものに当然のプライドを持っていて、だから私をつけ上がらせまいとしてミックと呼ぶような人がいても、それは大昔には人を傷つける力のあった言葉を使うことで自分が無力な人間だということを示しているだけだ。

参考:
「レニー・ブルース(Lenny Bruce, 1925年10月13日 - 1966年8月3日)は、ユダヤ系アメリカ人のスタンダップ・コメディアンである。1950年代後半から1960年代前半にかけて、それまでタブーとされていた政治、宗教、人種差別、同性愛、中絶、セックス、麻薬、広告批判、貧困などアメリカ社会の抱える矛盾をテーマに過激なトークショーを行ない人気を博した[3][4]。」
レニー・ブルース - Wikipedia

そしてその力は・・・一体何に由来するのか? アイルランド系の人がいるところでその言葉を使うことに多くの人が気後れするということだ。「ミック」はただの単語で、われわれが全員で「これは人を傷つける単語だ」と合意したのでなければ、他の単語よりも人を傷つけるものではない。「ガイジン」と「外国人」についても同じだ。私の外国人の友人たちが日本語以外の言葉で話しているところに「ガイジン」の一言を投げ込んでも、そこにいる人は誰も腹を立てないと決めてかかっている ― 言葉を感情的な武器として使った人とは、私は単純に口をきかないことにしている。同じように、地元の路上で私に「ガイジン!」と声をかけてくるわんぱく小僧どもは、普通、私を怒らせようとしてやっている。そう分かった瞬間、私は彼らをダシにして張りのある声で陰気に笑ってやる。言葉の「武器」を1つ、彼らのリストから剥ぎ取ってやるのだ。(全く同じ戦略は、自分の子供がわいせつな英単語を覚えて叫んでくる時にも同じぐらいよく効く。)

ある人をガイジン(外の人)と呼ぶか外国人(外の国の人)と呼ぶか、2つの間を上手い具合に切り抜けようとしていた時期もあった。しかしこれは小学生にはいささか微妙すぎる。そこで今は、私をガイコツジン(骸骨人)と呼ぶのがいかに馬鹿げているかという冗談を言うだけにしている ― これだけの肉が骨についてるのが見えないの? って。信じないかもしれないが、7歳児にとってこれは洗練されたコメディなんだ。



■回答者3
残念なことに、私が自分の故郷には4つの季節があり、春には花が咲き秋には葉が落ちると言うと、教養のある日本人が驚いた様子をするのを何度も見たことがあるわ。そして、それだけでなく多くの土地には4つの季節があるのだと言うと、彼らはもっと驚く。本気で言ってるのよ。全ての日本人が四季があるのは日本だけだと思っているわけじゃないけど、十分多くの日本人がそう思っていて、私やここのみんなにとってはジョークでしかない。



■回答者4(イギリス)
「日本は四季がある唯一の国だ」と言うのは聞いたことがないが、ただ僕を含めて日本にいる外国人の多くは、「あなたの国には四季がありますか」と聞かれたことはある。

そこでネットでこの話をして、こう言い出す人がいるんだ。「日本人は日本が四季のある唯一の国だと思っている! 了見が狭い! 国粋的だ!」この手の人たちは、日本で(あるいは他の国でも)、これ以外の多くのことに関してもよくこういうことをする。正直、僕も初めは引いた。

関連記事:
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どの国にも四季があるわけではないというのは忘れがちなことだが、この質問は全くの無知というわけではない。西洋人の多くにとっては、最も近くにある四季のない国は遠く離れた国か、少なくとも頭から消えている国だが、日本にとっては比較的近くて(多分フィリピン? タイは観光地として人気だ)、従って日本人は総じて、国ごとの気候の違いを意識することがヨーロッパ人より多いのかもしれない。

もっとも、他の回答者も指摘しているように、この質問の本質は恐らく気候に関する基本的なトリビアではなく、季節を美的に捉えるという日本の長い歴史に関係したものだろう。



■回答者5(アメリカ)
日本に住んで6年目だが、多くの人からアメリカにも四季はあるのかと聞かれた。しかし世界にはインドやブラジルのように2つの季節しかない地域もあるのだから、これは全く適切な質問だと思う。私は普通、アメリカの中でも私の出身地(ボストン)には4つの季節があるが、それ以外(ニューメキシコやカリフォルニア)には2つだけだと言っている。

日本は四季がある唯一の国だというのは聞いたことがない。そんなことを言う人は想像できないし、日本人が外国の気候について興味を持っているのを意図的にミスリードしていると考えざるを得ない。



■回答者6(アメリカ)
日本が四季のある唯一の国だと日本人が主張するのを、実際に聞いたことはない。日本のTV番組で聞いたことがあるのは、日本には明確な四季がある、そして季節の移り変わりに結びついた食べ物や習慣があるという議論だ。そういうふうに、日本では季節の移り変わりが、例えば米国なんかに比べると話題になる機会が多い。

この問題はそういうTV番組での翻訳が原因じゃないかと思う。例えば日本の季節についての議論が特によく出る番組は、『和風総本家』だ。

和風総本家 | TVO テレビ大阪



翻訳元:Quora



ミーム化している感はあります。



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「日本の四季」がなくなる日 (小学館新書)



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