海外Q&Aサイトの「日本の文化では自分が他人より優れているような言動は不作法とされているのに、なぜ日本は他の国より優れているみたいに言う日本人が多いの?」という質問から、回答をご紹介。


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■回答者1(ギリシャ)
素晴らしい質問! 私が思うに、日本人は個人が成し遂げたことについては控えめだけど、集団が成し遂げたこと、自分に近い人や親類が何か誇らしく思えることをしたら、それを指摘する義務を感じるのだと思う。だから、会社(特にトップ5のどれか ― 日本の会社が、たとえ3位だとしても最高であることには訳がある)、チーム(当たり前ね、どこにでもある)、都市(京都の人に京都をどう思うか聞いてみれば分かる、話が終わらない)、国といったものは、このルールを免除される。少なくとも私の理論だとそう。

回答には関係ないけど、北部の観光地で夫とケーブルカーの列に並んでいたことがあった。寒くて暗くて、冬のさなかで特に心踊ることは何もなかったんだけど、とにかく丘を下りる必要があった。私たちはただ黙って立って、この拷問が終わるのを待っていた。列の後ろには日本人の男の子(18歳ぐらい?)の集団、それからいろんな国、大体は東アジアから来た観光客が山のようにいた。

彼らの会話に注意していたわけではないんだけど、その中の一人が次のような意味のことを言うのが耳に入った:「でも日本に生まれたってすごくね? 外国人も、日本人に生まれたかった、あいつらはラッキーだって思ってるだろ。絶対嫉妬してるよな?」あまりに奇妙な発言だったので、私も夫も凍りついて目を見交わしたわ。それから数分間、私は笑い出さないように息を止めてたし、夫は同国人が恥ずかしくて顔色を百万通りに変えてた。

単にその発言が浅はかだとか、奇妙な自信の表明だとかいうんじゃなくて、図らずも恥と笑いを呼び起こす徹底したナイーブさだったのよ。言うまでもなく、私はその後の旅行の間じゅう深くため息をついて、夫に「どうかしたの?」と聞かれるとこう答えていた:「何でもない・・・日本人に生まれてたらどんなに良かったかって考えてたの」とか、「あなたはラッキーよ・・・日本に生まれたんだから」とか、超芝居がかった調子でね。



■回答者2(アメリカ)
他の人も指摘している通りで、同じことは大抵の文化で言える。

君が指摘していることは事実だ。日本人は個人が成し遂げたことについては語らない。しかし自国を誇りに思っている。ここに観察された事実以上のものを見てはいけない。

カナダ人の友達と昼を食べてきたところだ。非常に知的な男で、自分が成し遂げたことについては決して語らないが、しかしカナダには米国より良い社会的セーフティーネットがあるという事実は指摘する。私は何も悪いと思わない。彼は単に、明白なことを指摘しているんだ。

日本のことを調べるほど、日本人が日本の欠点もよく知っているということが分かってくるだろう。日本人は日本が狭いこと、人が多すぎること、物価が高いこと、時にはあまりに蒸し暑すぎることを認めるだろう。しかしすぐに、日本がいかに安全か、料理の下ごしらえにどれだけの誇りが込められているかを指摘するだろう。私にとっては、これは天気の話と同じようなものだ。日本人は「安全」に関する話題が好きだ。西洋人は政治について話すだろうが、日本人は「安全」の話題を論じる。それで気を悪くする人はいない。明白なことを述べているだけだ。何も間違ってはいない。

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■回答者3(カナダ)
これは100%、太平洋戦争が起こった理由だ。日本人は自分たちが他より優れていると思っているし、今までもずっとそう思ってきた。日本の創造神話と君主制から自分たちが神々の子供だと教わって、そして歴史を通してずっと、そのように振る舞ってきた。

現代では、彼らは自国が今も孤立しているため他より優れていると考えている。彼らは外から来たものを何でも捻じ曲げて「日本のもの」にして、外国の影響は一切受けていないと主張できるようにする。ぶっ壊れた教育システムと虐待じみた労働倫理を、病気ではなく文化の特性として扱う。

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「自分が他人より優れているような言動は不作法とされている」に関しては、完全に誤りだ。日本の文化は非常に階層化されていて、言葉遣いから教室や職場での役割まであらゆるものが、自分が他人よりどれだけ優れているかという点に帰着する。日本の文化はすべてが「自分が他人より優れている」に他ならない。これを理解し、周りのあらゆる人にこれを確実に知ってもらうべきだ。絶対役に立つ。



■回答者4(ノルウェー)
一般化しすぎという点はさておくとして、あなたの言っている現象は(そして純粋に日本的な現象というわけでもないけど、まあそれは本題から逸れる)、自民族中心主義というやつよ。

自民族中心主義は、ある文化(や民族や国籍)を標準と決めて、それ以外は(最善と仮定された)標準から外れているとする。

思考実験として、日本を中心に置くなら、日本のやり方が最高のやり方ということになる。たとえ日本のやり方の一部として「傲慢に振る舞ってはいけない」があったとしても、日本のやり方は「当然」最高で、「誰もが」知っているべきことで、言う必要もないことになる。これは傲慢ではなく、教育よ(日本のやり方が事実はどうあれ最高だという仮定のもとでは)。

同じことは、米国を中心に置いても言える。あるいはノルウェーでも。あるいはケニヤでも。自民族中心主義という現象は世界中にある。以上。


↑回答者3
まさにこれだ。私は日本が文字通り世界の中心にある日本中心的な地図を見たことがある。地球上で文明化していて教養のある文化は日本だけだと話しているのを聞いたことがある。教育システムが子供たちに、すべての科目で、日本がいかに特別で独特か、世界からどれだけ愛されているかを教えているのを見たことがある。日本には批判的思考の訓練がなくて生徒たちは文字通りプロパガンダに溺れて育つのだから、多くの人が日本について自民族中心主義的な視点を持っているのも当然だ。

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↑回答者4
自民族中心主義的なノルウェー人も、アメリカ人も、オランダ人も、ロシア人も、ギリシャ人も、中国人もたくさんいる。

これが日本以外では起こらない純粋に日本的な現象だなんて言えない。


↑回答者3
純粋に日本的な現象というわけではない。私が言っているのは、日本の文化と教育が自民族中心主義を煽っているという事だ。



翻訳元:Quora



世界地図はどこが中心ならご満足いただけるのでしょうか・・・



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