海外Q&Aサイトの「第2次大戦の特攻隊員がおじけづいて失敗したことってある? あるなら、そういう人はどうなったの? 日本に帰還したらどんな罰を受けたの? 戦争捕虜として捕まった人はいる?」という質問から、回答をご紹介。


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■質問者
長谷川薫は逃げなかった特攻隊員だが、戦争捕虜として生き延びた。撃たれて重傷を負い、米軍によって海中から引き上げられて捕虜にされた。「成功は死を意味した」: 長谷川薫インタビュー(英語)

僕は死の恐怖のために失敗したパイロットを探しているんだ。実例は見つけられないのだが、「特攻隊の生き残り」のうち少なくとも数人は、実際には死の恐怖からそうしたのではないかと思う。

動機:

特攻隊員の中には出撃直前に「この上なく幸せ」だったと伝えられている者もいる。彼らは靖国に祀られることを楽しみにしていて、これは一般の兵士にとって最高の栄誉だった。彼らは実際に、栄誉ある自己犠牲を信じていた。

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それ以外の特攻隊員は、非常に明確に、強制されていた。彼らは整備工と地上勤務員に助けられて飛行機に乗り込むほど酔っ払っていた。こうしたパイロットの多くはまだ十代だった。

特攻隊員の家族が脅迫されていたというのは神話だ。パイロットたちは確かに強制されていたが、家族に対する脅迫によって強制されたのではない。

特攻隊員の家族が大金を約束されていたというのも神話だ。最大の動機となったのは金ではなく、栄光か強制だった。

9.11の自殺攻撃者たちと違って、特攻隊員はあの世を信じてはいなかった。少なくとも、第2次大戦中の日本の軍学校で教えられていたバージョンの神道では、あの世というものは存在しない。人は何でも自分の好きなものを信じることができるのだから、パイロットの中には軍学校では教えられていない信仰を持っている者もいたに違いない。


追記:おそらく日本の指揮官たちは特攻隊員がおじけづいてやめたどうか分からないだろう。多くの特攻隊員が、出撃しても悪天候や機器のトラブル、敵からの銃撃、あるいは目標が見つからなかったために帰還している。基地に帰還した特攻隊員は長年にわたり深く恥に苦しんだ(英語)が、その理由の一部は彼らがおじけづいてやめたのかどうかが分からなかったためだ。彼らは日本の文化によりつまはじきにされた。9回の「自殺」ミッションで飛行して毎回帰還したパイロットは、最終的に指揮官に撃たれた。

結論として、基地に帰還した多くの特攻隊員に実際何が起こったのかを知ることは不可能だ。

通常の戦闘機の護衛がついた特攻機なら、おじけづいてやめようとしたら撃ち落とされただろう。特攻の義務に「志願」するのを拒んだ兵士は、上記のリンクのインタビューにもあるように、代わりにきわめて危険な任務を与えられることが多かった。パイロットたちはどっちみち死ぬことは分かっていたが、しかし「志願」することを拒めば不名誉の中で死ぬことになる。

参考:
9回出撃して、9回生きて帰った特攻隊員の「その後の人生」(鴻上 尚史) | 現代新書 | 講談社(1/3)



■回答者1(アメリカ)
数人の特攻隊員が攻撃への途上でエンジントラブルを起こしたことは確かだ。それはやがて来る敗戦への不吉な兆候といったものではなく、パイロットたちの多くが、不毛な努力に命を捨てることは長期的に見て国を助けることにならないと分かる程度には聡明だったということだ。神風ミッションで飛び立って生き残り、話をしてくれた人物の物語を知っている。

昔、私は大日本帝国陸軍の元パイロットと仕事をした。神風ミッションの任務を負ったことがあるパイロットと聞いていたが、しかし彼は現に座って講義のためのノートを見直していた。ある晩、みんなで繰り出して飲みに行こうということになった時、彼に戦争中の体験を聞くのは不適切だろうかと別の同僚に聞いてみた。聞かれた奴は、私が肝を冷やしたことに、教室の正反対の隅にいたS氏に向かって、こいつに話を聞かせてやってくれと叫んだ。S氏は立ち上がって私の隣に来て、話をしてくれた。

彼は自分が「日本軍で最も才能のないパイロット」で、朝鮮と日本の間で文書を運ぶのに信頼されていただけだと言った。戦況がいよいよ悪化すると、彼は航空戦のミッションを受ける機会が得られるかもしれないと思ったが、その機会はついに来なかった。本当に戦いたかったと言っていた。アメリカが沖縄に侵攻すると日本人はカミカゼアタックの数を増やし、それに応じてパイロットの損耗率も急激に上昇した(ちなみに日本人は彼らをカミカゼと呼んではいなかったのだが、それはまた別の話)。この頃、彼は特攻隊になる予定の航空団に報告をするという命令を受けた。これは必ずしも彼の望むところではなかった。戦闘機か爆撃機で出撃したかったのだ。戦闘して、帰還して、また出ていって戦闘したかった。それでも、S氏はこう言った。「天皇陛下と国のために喜んで命を捧げるつもりでした」。

基地に着くと、彼は機銃ではなく爆弾を使った片道のミッションに就くように言われた。がっかりはしたが、望むところだった。飛行前の儀式の話や、出撃前夜のことは聞けなかった。S氏はただすぐに沖縄を過ぎて、見下ろすと視界の限りに展開された船が見えた。あらゆる規模の、ものすごい数の船がいたという。当然彼は空母か他の主力艦に飛び込みたいと思った。戦艦か、あるいは巡洋艦だろうか、目に入ると突撃を開始した。

対空砲の弾が降り注ぐ中、彼にできたのは突き進むことだけだった。どうにかして対空砲の猛射を避けて標的に近づいた。その時、アメリカの飛行機が横やや上方から現れた。このアメリカ人は機関銃で少し射撃したが、彼を墜落させるには至らなかった。今や彼は標的のすぐそばまで近づいていた。アメリカ人は急速に接近したが、撃ってはこなかった。弾切れだったのだろうとS氏は言う。その時アメリカ人はS氏の飛行機に意図的にぶつかり、彼らはともに海に墜落した。彼が次に知ったのは、アメリカのパイロットが、その海域にいた船の一つから降ろされた小さなボートに彼を引きずり上げようとしていることだった。ここまで話した時、S氏は考え込んだ表情でこう言った。「戦争は人間性を奪い去ることもあります」。

この経験はS氏を永久に変えた。彼は仏教の僧侶になり、熱心な平和主義者になった。この後すぐに彼は別の学校に転校し、これ以上の経験を聞く機会はなかった。



■回答者2
いないと思う。

昔読んだ記事によると、特攻隊員は飛行機を着陸させる訓練を受けていなかった。戦時中で、すべてのパイロットに着陸の訓練をする時間がなかったのだ。戦争中、日本は国民にいわゆる自殺ミッションを助けるように言い、飛行機の操縦をまったく知らない人々のためにトレーニングの講習会も開催した。驚いたことに、これには愛国的な日本人の参加者が押し寄せたため、トレーニングを受けるためだけに数ヶ月の待ち時間が生じるほどだった。私の読んだ記事によると、彼らが教わったのは飛行機を離陸させること、空中に浮かび続けること、そして敵艦が見えたら突っ込むことだけだった。

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それどころか、特攻機には着陸装置がなく、離陸時に外れるようになっていた。

特攻機として使われた機体の一つがKsurug(※原文ママ、恐らく「剣」のこと)だ。Wikipediaによると、Ksurugi(※原文ママ)はシンプルで製造の容易なプロペラ機で、機体は木製、ストックされていたエンジンを使用した。自殺ミッションの場合、非格納式の着陸装置は離陸後まもなく投棄され、再利用された。

とはいえ、危険を冒してでも着陸装置なしで着陸しようするパイロットはいるものだ。この場合彼らは操縦席いっぱいに爆薬を詰め、何があっても操縦席が地面に当たることがないようにする必要があるだろう。

しかし以上のような条件がなかったとしても、日本人がミッションから逃げようとするとは、私にはまだ考えにくい。彼らはその文化に大きな影響を受け、ものごとに敬意を払うからだ。

とはいえ、こうした歴史上の出来事について確実なことを語るのは不可能だ。


追記

コメント欄で寄せられた追加の情報によると、「Ksurugi」は飛行中きわめて不安定で、このミッションから外された。大日本帝国陸軍大日本帝国海軍航空隊は同じ性能で設計の異なる機体を開発していたが、最初の1機が離陸する前に戦争は終ってしまった。

現時点の情報では、ほとんどの機体は着陸装置ありで飛んだと思われる。ただし使われた機体それぞれの割合ははっきりしていない。



■回答者3(アメリカ)
第2次大戦中、父は米海軍に水兵として所属し、太平洋で任務に就いていた。父の義務の一つはデッキの監視に立つことで、船に乗り込んで破壊工作を行おうとする者から船を守ることだった。

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ある朝、監視していると、日本の飛行機が現れた。海上近く低空を飛び、船にまっすぐ向かってきていた。特攻であることは明白だった。最後の瞬間、その飛行機は上昇し、かろうじて船の上を通り抜けた。父はパイロットを見ていて、飛び去るときに目が合ったと言っていた。お互いの顔が容易に見えるほど近づいていたのだ。父が戦争中に敵と直接遭遇したのはこの時だけだった。

質問の後半部分については、パイロットがどうなったのか父には知りようがない。飛行機は通り過ぎて行った後、水面近くに戻り視界の外へ飛び去っていった。

特攻隊員が中止していなかったら、僕が今ここにいないのはまず間違いない。



翻訳元:Quora



現代の価値観から当時の心情を推測するのは危険ですね。



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