先日ご紹介した、海外Q&Aサイトの翻訳記事:
外国人「アニメが役に立ったことってある?」→「プリキュアで人生が変わった!」
から、もう少し回答をご紹介。


■回答者1(イギリス)
この質問について考えたら、一つのアニメが頭に浮かんだ:

『聲の形』

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この映画は私が耳が聞こえないのが欠点ではないということを教えてくれた。私は耳が聞こえないせいで、西宮と同じように学校ではすごくいじめられた。西宮と同じように何度となく補聴器を引っこ抜かれたし、私にはよく理解できない言葉を叫ぶ子たちに地面に押し付けられた。西宮と同じように誰かと、誰でもいいから友達になりたくて仕方なかった。でも重い足どりで歩き続けて、友情と幸せを手に入れようと戦い続けていた。

このアニメを見たとき、私は落ち込んでいて友達がいなくて、自分にはこの世に誰もいないんだと思っていた。このアニメを見て、耳が聞こえないからといって気後れすることはないということが分かった。今は素晴らしい友達がいて、職場の同僚も私ともっとよく話ができるように頑張って手話を学んでくれている。私を地面に押し付けたり補聴器を引っこ抜いたりはしないし、逆に私が迷ったり失敗したときはいつも助けてくれるし、もっとカラフルな補聴器(正確に言うと青の)をつけるようにとか、彼らの助けなしには絶対しなかったようなアドバイスもしてくれた。

『聲の形』は私に、この世には苦しいこともあるけれど、また美しいこともあって、それを探すのを諦めてはいけないということを教えてくれた。



■回答者2(アメリカ)
『キャシャーン Sins』

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僕が8~9歳の頃、家族はTBS(※米タイム・ワーナー傘下のターナー・ブロードキャスティング・システムが運営するチャンネル)でやっていた『ハウス・オブ・ペイン』という番組を見ていた(今はもう興味がない・・・)。その中に、家が焼け落ちて誰かが亡くなるみたいな場面があったと思う。人が死ぬ場面のリアルな描写はそれまでも見たことがあったけど、これを見て死がいかに恐ろしいことかを悟った。母は僕を牧師さんのところへ連れて行って、牧師さんはあの世があるのだから大丈夫だみたいなことを言った。6人家族のうちで僕だけが生まれてからほぼずっと無神論者だとは知るよしもなかったわけだが、おかげでこのアドバイスはまったく役に立たなかった。

やがていろいろあって僕はあらゆることに鈍感になった。同じ年、リスが眼の前でホンダ・オデッセイに轢かれるのを見たことを覚えている ― 二度轢いたんだ、運転手はそいつをちゃんと死なせようと思ったから・・・僕はそのぞっとするような場面に近づいて、ずっとこの瞬間のことを思い出していた。死はぞっとする、だから何としてでも避けたかった。

ところが2016年、僕はこのテーマについて極めて詳細に扱った、2007年のマッドハウス作品に出会った。『キャシャーン Sins』の主人公・キャシャーンは不死身だ。彼が原因であるらしき滅亡後の世界(もっと知りたければ番組を見てくれ)で、彼はロボットたちに狙われる。ロボットたちは彼の行為のせいで死にかけていて、彼を食べれば永遠の命が手に入ると思っている。

物語の中でキャシャーンは、夢と野望を持った多くの味方や仲間たちが、彼には経験のできない死を死んで行くのをずっと見ている。そして初めて僕は悟った ― 死は単に必然的で避けがたいものではない。素晴らしいものなのだ。なぜなら、生に意味を与えてくれるものだから。生きようという焦りと、生きることで何かを成し遂げようという欲望がある。死は恐ろしいものではなく、感謝すべきものだ。『キャシャーン Sins』は今まで見てきた番組の中で、僅差で2位の『俺ガイル』を超えて僕の人生に最大の影響を与えたものかもしれない(お気に入りという意味で言うと『俺ガイル』が1位、『キャシャーン』は4位)。

『キャシャーン Sins』によって、僕は死の中に、不可避性だけでなく美しさを見ることができるようになった。

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■回答者3(ルーマニア)
『寄生獣 セイの格率』

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このアニメで人生の見方が変わった。

大量の「ネタバレ注意」を置いておこう。この美しいアニメを台無しにしたくはないからね。

ネタバレ注意

ネタバレ注意

ネタバレ注意

オーケー、これでまだ読んでいるのはこのアニメを見た人だけになったので(と思う)、僕の話をしよう。

ミギーが新一の手に入り込んでから、彼の人格は徐々に変化して行った。

新一が心臓を刺され、ミギーが心臓を修復して彼を蘇らせると、ミギーの細胞が血の流れに入って脳に達したため、新一の人格は劇的に変化した。それ以来、新一は無情で、利己的で、冷たい人間になった。自分のことしか考えず、人を殺してもひるまない。

追い詰められても非常に落ち着いている。Aが高校を襲撃し大虐殺をしても、新一は非常に落ち着いていて、その跳躍力で里美を救うことができた。

このキャラの中には僕自身を感じる気がする。僕も非常に利己的で、自分と自分のもののことしか考えず、人が苦しんでいるのを見ても何とも思わないこともあった。気にならなかった・・・

自分勝手なせいで友達を傷つけたこともよくあった(そして、ありがたいことに彼らはそれに耐えてくれた。他の人ならどうなっていたか分からない)。彼らがどう思っているかまったく気にしないこともあった・・・

大体いつも、この極度の自分勝手な状態から抜け出す方法はないと思っていた。

ところがこの傑作の終わりに近づくにつれて、正確に言うと玲子が新一に子供を渡して彼が泣き出した瞬間、僕は気づいた。救済はあるんだ、感情的にどんな状態であろうと、誰にも希望はあるんだと(深刻な抑うつ状態とかにある人にとってはそんな簡単なことじゃないのは分かっている)。そして僕は自分の人格を矯正し始めた。

まだ先は長いが、ゆっくりと改善している。自分のことばかり考えないようになったし、友達を傷つけることもずっと少なくなった。

この傑作は僕やそれに似た状況にある人々に、ある種の解決策が常に存在するのだということを教えてくれた。

このアニメは僕にとって、この先もずっと大事なものだ。僕を救い、友達との絆を深くすることを助けてくれた。

ありがとう、寄生獣!



■回答者4(アメリカ)
役に立ったことはたくさんあるわ。アニメがなかったらどうなっていたか分からないし、アニメと縁のない人生なんて想像もできない。私は抑うつと不安に苦しんでいて、その「治療」がアニメ。なのでアニメをディスってそんな大したもんじゃないとか言う人がいるとイラッとする。「日本かぶれ」的なやつじゃなくて。分かってない人がいるのは、アニメはいろいろな点で役に立ってくれるってことなの。

私は高校で人気のある集団にいなかったので、いじめられて、抑うつと不安に罹った。アニメは強いキャラクター、特に自分と他人のために立ち上がるキャラクターが好きで見ている。それに加えて、どのアニメも独自のアートの形式と、驚くようなストーリーがある。

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翻訳元:Quora



心が弱っているときに見て異様に刺さった作品とかありますね。



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