今回は海外Q&Aサイトではなく、「朝鮮にある自らの過去を再発見する日本」というニューヨーク・タイムズ紙の記事をご紹介。

いわゆる「ゆかり発言」を扱った、2002年3月11日という大昔の記事なのですが、なぜか今でもソースとして使われるのを目にするので、訳して置いておけば資料的な価値ぐらいはあるんじゃないかと。


テラダ・トモナリは毎朝早く、父とともに家の船で出発する。日本を韓国から隔てる海峡、この島に由来する名をもつ波荒く濃青色の海峡で釣りをするためだ。

テラダ氏や、またマグロや鯛を探してこの海を探ったことのある、数えきれないほどの世代にわたる対馬の船乗りたちにとって、朝鮮人の父と息子が操る船との付き合いは、ほとんど見すごしてしまうほどありふれたことだ。

対馬の住民のほとんどがそうであるように、26歳のテラダ氏は、生まれ故郷の町が二ヶ国の歴史の中で、移民、文化、交易の主たる踏み石として演じた途方もなく大きな役割のことを、最近までまったく知らなかった。

「韓国がすごく近いのはもちろんです」。彼は新しい釣り糸を、地面に突き立てた2本の棒の間のフィラメントと同じ長さに計り分けながら言う。「韓国に行ったことも2度あります。でも日本人がそこから来たというのは、まったく聞いたことがありませんでした」。

ところが対馬の存在と、日本の初期の帝国の歴史に貢献した朝鮮の重要性に対する認識は、先日予想もしなかった大きな力添えを、最も高い情報源から受けた ― アキヒト天皇から。

11月、アキヒト天皇は普段の皇居での詩人じみた曖昧さからはかけ離れた率直さでニュースメディアに発言し、日本を驚倒させた。自らの先祖が朝鮮人だと宣言したのだ。

対馬を経由して日本にもたらされた文化と技術について語りながら、アキヒト天皇は「日本のその後の発展に、大きく寄与したことと思っています」と言った。そして「私自身としては、韓国とのゆかりを感じています」と付け加え、続けて8世紀の先祖・桓武の祖母が朝鮮の王国の出身だとしている古代の年代記を引証した。

参考:
天皇陛下お誕生日に際し(平成13年) - 宮内庁

ほとんどの日本人が歴史について教えられていることに照らせば、テラダ氏がこの件について知らなかったのは無理もないことだ。日本は人口一人当たりで最も多くの考古学者を生み出している国だと言われており、考古学者たちが探求することの中で最も人気があるものの一つは、日本の文化の基礎が朝鮮および中国との接触以前にあると示すことだ。

事実、最近までほとんどの日本人は、この深い森に覆われ、蛇行する入江を持ち、朝鮮半島の南端近くに位置する島のことを知らなかった。日本という地域の歴史に重要な役割を担ったにもかかわらずだ ― 国家としての日本の誕生から中世を通じて、対馬はモンゴルが侵略するための、また日本人が朝鮮を攻撃するための立ち寄り先として使われた。

日本の歴史における朝鮮の役割についての天皇の発言の要旨は、大量の考古学的研究によって裏付けられてきた。そうした研究はあまり注目を受けてこなかったし、そうでないと証明することに集中する考古学者は数多くいるとはいえ。

対馬の遺物の学芸員(※対馬市教育委員会文化財課の職員)、田中淳也は、訪れた人々を山腹にハイキングに連れて行き、急斜面に水平に走る高い石垣を見せた。

「この遺跡の発掘で、朝鮮人が日本人に、私たちの最初の城の作り方を教えていたことが分かりました」と田中氏は言う。「また私たちは、半島から逃げてきた王子がヤマトで重要な役割を果たしたと考えています」。ヤマトは7世紀に日本の皇統の基礎となった家系の名だ。


スポンサーリンク


「ある意味、アキヒトの発言について驚くべきなのは、彼がそれを言ったという事実ではなく、人々が驚いたという点です」と、東京大学およびイリノイ大学の歴史学者、ロナルド・トビ教授(※→Wikipedia)は言う。「7~8世紀の天皇家が百済王国の朝鮮人の子孫であることは、まったく明らかなのですから」。

「なぜ天皇は、誰もが暗に知ってはいたことをこのタイミングで言うことにしたのでしょう?」トビ教授は言う。「私はこれは、発言自体よりもはるかに大きな現象に関係していると思います。日韓両国の政府が、日本の50年間の植民地主義と憎悪という歴史的遺産を乗り越える道を探る努力をしているという現象です」。

5月、日本と韓国はサッカーワールドカップを共催する予定だ。彼ら二ヶ国間の関係はしばしば冷ややかなものだったが、この数ヶ月間は明らかにひどいことになっている。第一に、昨年8月、日本の小泉純一郎首相が退役軍人の神社を訪れた。日本が朝鮮を植民地化した残忍な扱いを考えれば、無神経と思われる行動だ。この訪問にすぐに続いて、日本は戦時中の残虐行為を言い繕う歴史教科書を認可した。

しかし天皇が韓国について発言して以後、韓国のニュースメディアはこれを大々的に取り上げたが、ソウルの政府はひっそりと、日本が教科書の変更に同意するべきだという要求を取り下げた。また最近、両国は第2次大戦以降初めて、彼らを隔てるこの30マイルの海峡を渡るフェリーの運行も許可した。

国家レベルに比べ、民間レベルでは事態ははるかに混乱の度合いが少ない。今日、日本と韓国の間では1日に10,000人が行き来している。日本のファッションとアニメ映画は韓国で大流行しており、韓国のポップミュージックと映画は日本で大ヒットした。最近の日本のテレビドラマで最も人気のある作品の一つが、若い韓国人男性と日本人女性がキスをする連続ラブストーリーだというのは、おそらくこれを最もよく物語るものだろう。

参考:
フレンズ (2002年のテレビドラマ) – Wikipedia

憲法上、日本の天皇は政治的な力を持たないが、しかし日本のコメンテーターたちは、アキヒト天皇はそのメッセージをもって両国を接近させようとしたのだと言っている。

漁師のテラダ氏は、韓国人と血縁関係があるという可能性にまだ不審の念を抱いているが、とはいえ隣人といると気楽だと言う。「日本人はなにか特別な場所に行ったわけでもないのに、いつもすごく忙しそうに見えます」と彼は言う。「韓国人について私が好きなのは、見知らぬ人に挨拶をすること、そしてリラックスする方法を知っているように思えることです」。



翻訳元:The New York Times



この記事をソースとして利用している回答:
外国人「韓国人は自分に日本人の血が大量に流れていると知ったらどう思うの?」
外国人「歴史上最も長くライバル関係にあった2国ってどこ? 日本と中国?」




古代史の鍵・対馬 (古代文化叢書)



スポンサーリンク