海外Q&Aサイトの「なぜ神道は日本でしか実践されていないの?」という質問から、回答をご紹介。


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■回答者1(アメリカ)
神道は日本人の文化、歴史、そして日本の地理に非常に深く結び付いている。ほとんどの日本人は日本に留まっていたから(亡命したり追い出されたりしなかった)、日本の文化の中核は日本列島を離れることがなかったし、日本の外で日本人が物語る機会もほとんどなかった。20世紀初頭には帝国主義によって神道が台湾、朝鮮、その他の日本の植民地に持ち込まれたが、第2次大戦後には日本人とともにいなくなった。神道では神社や山、森といったものが重要だが、これらに重要性を与えるのは日本人が物語るということで、それを抜きにしては、日本以外で部外者が神道の痕跡を目にすることはほぼないだろう。

とはいえ、神道は日本の外でも生きているし、海外に住んでいる何百万という日本人と日本人以外の人たちによって、慎ましやかに実践されてもいる。神道にもっと西洋的な意味での宗教を期待する人の目には、ただの「日本文化」と映ることが多いけれど。家の小さな神棚から、車にある交通安全のお守り、日本人のお母さんが子供にするお話まで、神道は日本以外の多くの場所で、生活と日常の文化の中に存在している。私の妻は子供たちに、物を叩きつけるように置いたり投げたりしてはいけない、命のない物の魂に対して失礼だと教えてるけど、いつかそうしなくなる日が来るとは思えない! これもまた神道だ。



■回答者2
神道は日本に非常に深く結び付いたものだが、「実践」するようなものではない。神道には中心となる幾つかの規則はあるが、聖書のようなものはない。宗教的な実践よりも、むしろ祝日や日本の伝統の中に神道は存在している。

とはいえ、神道は多くは自然現象を宥めたり、畏敬の念を抱くといったものだ。カミはアマテラスのような具体的な神話的人物像をとる場合もあるが、すごくかっこいい岩とか、素晴らしい景観とかに名前のついたものであることも多い。このため、神道を日本に結び付けているのは何よりも伝統的な文脈だ。確かワシントン州にも神社があって、「神道になる」ことに関心を示す外国人もいると聞いているけど、要するに神道は日本以外では余り一般的でないというだけのことだ。



■回答者3
神道は日本だけでなく、かつてのモンゴルの領土、それから昔の朝鮮でも実践されていた。この種のシャーマニズムはそれ以外の土地に今もまだ残ってはいるが、ただしその論理と組織は当時とは幾分異なる。



■回答者4
神道は祖先崇拝と、土地の自然(湖、山、岩、滝)に棲む霊の崇拝に基づく宗教だ。これを他の土地に持ち出すことに余り意味がないのは、言うまでもない。

とはいえ、本質において神道と等しい宗教はごく一般的だ。結局はアニミズムだからね。



■回答者5(アメリカ)
神道は世界宗教ではなくて、日本列島の文化、そして地理にまで深く結び付いたものだ。とは言ったものの、神道は日本だけで実践されているわけではない。例えばワシントン州グラナイト・フォールズには椿大神社(※→Wikipedia)がある。宮司は神道の歴史の中で2人目の日本人以外の神主だ。またハワイにもいくつか神社がある。神道は、限定的ではあるが日本以外でも実践されていて、ただそれが実践される国の文化に結びつくんだ。



翻訳元:Quora



宣教師とかいませんしね。



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