海外Q&Aサイトの「日本は無数の残虐行為をしたのに、なぜアメリカは日本を再建したの?」という質問から、回答をご紹介。
■回答者1
第2次大戦の終結に当たって、アメリカは世界中で多くの問題に直面した。どうすればできるだけ自分たちに有利な安定した戦後の世界を作れるか、過去15年間を考えると世界経済をどう安定させるか、そして敗北し占領された国々にどのような懲罰的アプローチをとるべきか。
冷戦がその姿を見せ始め、戦争を引き起こした原因としてヴェルサイユ条約の懲罰的効果が認められると、アメリカはそれ以上の罰を与えることを危惧するようになった。西側同盟諸国は自分たちの占領地をソ連が放って置くつもりがないことを認め、戦略的地域を味方に引き入れる方策を探した。これは主に、アメ(物質的な富)と鞭(俺たちはここにいるんだ、お前らの方が慣れろ)によって行われた。
日本では、これは二通りの方法で実行された。アメリカは工業力過剰で(世界経済の50%を占めていたと思う)、これを軍需用から民生用に転換する必要があった。また雇用している兵士の数も多かった。アメリカは、あわよくば輸出先にするために自国のビジネスモデルを使い、日本の工業(すでにかなり進んでいた)の発展に投資することができた。他のアジア諸国は先進工業国に近づいてすらいなかったため、日本はこれによりアジアの工業開発を事実上独占した。
アメリカはまた、これが可能になるようにIMFや世界銀行といった戦後の機関を作った。ここでの本質的な考えは、金(きん)への依存を米ドルに置き換えることだった。これにより日本は自国通貨を安定させることができ、世界からのさらなる投資を招いた。ただ誤解のないように言っておくと、これは利他的な行動ではなく投資だった。
■回答者2(アメリカ)
アメリカとしては、大日本帝国に忠誠を誓う日本人を相手に片っ端から戦うより、日本を平和にする方が有利だった。米国は日本がソ連の勢力圏に入ったり共産主義になったりすることを望まなかった。報復という点で言えば、われわれは日本の戦艦を沈め、航空機を撃ち落とし、多くの日本兵を殺し、2つの原子爆弾を落とし、東京を灰燼に帰するまで空爆した。
日本の大部分を再建したのは日本人だ。米国は日本を改革し、天皇の下での民主的な憲法を与え、主要な貿易パートナーにして同盟国へと変化させ、日本を平和にして国民同士の友好を推進することができた。ヨーロッパに第2次大戦を招いた1919年のヴェルサイユ「命令」のような苛酷な平和を課すよりも、日本の再建を助ける方がアメリカの利害にかなったんだ。
■回答者3
枢軸国を処罰し賠償を引き出すことは、第2次大戦の連合国の目的ではなかった。特にルーズベルトは生前この点を明確にしていた。代わりに枢軸国を戦争に導いた支配階級を取り除くことが目的だった。第2次大戦の末期、日本とドイツは戦略的爆撃により、また日本の場合は2つの原子爆弾により、完膚なきまでに破壊された。「仕返し」としては十分だった。
確かに日本では戦犯の裁判があり、そこで特に問題となったのは戦争中に日本が占領した土地で残虐行為を支持した人々を起訴することだった。昭和天皇も裁判にかけるべきだったが、彼をイギリスやオランダの君主と同じような立憲君主として残すことは日本の降伏前に決まっていた。そこで、彼が人間であって神ではないことを国民に示す意味も兼ねて、彼を「親善」ツアーに出して日本中を回らせた(アメリカ軍の護衛つきで)。裁判にかけられた指導者たち(東條のような)は、天皇の役割について一切発言しないよう命じられていた!
加えて、日本の占領を任された男がいた:ダグラス・マッカーサー。彼は常に、軍人である以上に政治家だった。そして政治的野心の持ち主でもあった。第1次大戦の終戦時、マッカーサーを含むアメリカの軍隊がドイツで占領したのは、小さな切れ端のような土地だった。これは余り上手く行かなかったようで、関わった全ての指揮官たちに影響を与えた。マッカーサーはもし自分がまた占領に携わることがあったら、二度とこんなことは起こさせないと心に誓ったようだ。
アメリカ軍は日本の大部分を占領したが、前面には出ないよう全力を尽くした。その一例が検閲だ。彼らは日本の全ての印刷物に目を光らせ続け、当初は古いナショナリズムを助長するものを抑え込み、後に冷戦が始まると共産主義者のプロパガンダに同じことをした。また日本のメディアがこの検閲に言及することも抑え込んだ。
占領軍はまた日本のために新しい憲法を書いた。これは普通選挙権、男女平等、国際関係における武力行使の放棄を含むものだった。しかしこの憲法を実際に書いたのが誰だったかをメディアが言及することは禁じていた。
占領期間の経過につれ、米国の関心は共産主義者との戦いに移って行った。このため米国は、平和憲法があるにもかかわらず日本に再武装を求めた。皮肉なことに、日本は第2次大戦で日本を破るのに使われたのと多くは同じ武器を供給された。共産主義が魅力的に見えないように日本を住心地の良い場所にすることも、占領軍にとっては動機となった。
7年後、占領は終わった。日本はまだ伝統的ではあるがすっかり変化し、過去の封建的指導者たちの力は政治から取り除かれ企業の重役会議室に移り、それは今も続いている。
■回答者4(アメリカ)
残虐行為をした人々は、多くが戦争中に刑務所に送られるか殺されるかした。大日本帝国の政府は新生の民主主義に置き換えられた。日本の新しい政府は、攻撃用の軍隊を今後二度と持つことさえできなくする拘束力のある合意を締結した。残ったごくわずかな軍隊は自衛隊と改称され、日本列島内でのみ使われることになった。これらの合意と引き換えに、われわれは日本のインフラを再建し、近代工業についての知識を教えた。それからの50年間、われわれは何度も何度も返済を受けてきた。われわれは勝利したのだ。このことにケチをつける理由は実際なにもない。
■回答者5(オーストラリア)
アメリカは日本を再建していない。日本人が自らの努力で再建したんだ。
米国が戦後、日本に大量の援助を投入したという主張はよくあるが、終戦直後に供給されたのはごく限られた量の食料援助だけで、この援助の量は日本が連合国に占領の費用を賄うために支払わなければならなかった量よりも少ないというのが事実だ。
しかし、日本が連合国に支払わなければならなかった占領の費用の大半は、例えば占領軍のために基地を建設したり供給品を買うために日本で消費された。そのためこのお金は日本に戻り、日本経済の再建に役立った。
さらに、1950年に朝鮮戦争が勃発すると、米国は軍隊向けの供給品の産地として日本を利用した。これにより日本経済はさらに加速し、後の大きな成長に向けた道を準備することとなった。
以上より、米国は気前の良さから日本に何かをしてやったことはない。日本でやったのはいずれも、自国の利益にかなうことだった。事実、占領初期に日本を訪れた米国政府の官僚は、日本のカウンターパートに対し、日本経済は紙タオルの輸出に基礎を置くべきだと語っている。
翻訳元:Quora
負けたにしては結果的にかなり上手く立ち回った方だと思います。
関連記事:
外国人「なぜ日本の文化は第2次大戦後あんな劇的に変わったの?」
外国人「ヤクザは日本で政治的な力を持っているの?」

マッカーサーの呪いから目覚めよ日本人!
■回答者1
第2次大戦の終結に当たって、アメリカは世界中で多くの問題に直面した。どうすればできるだけ自分たちに有利な安定した戦後の世界を作れるか、過去15年間を考えると世界経済をどう安定させるか、そして敗北し占領された国々にどのような懲罰的アプローチをとるべきか。
冷戦がその姿を見せ始め、戦争を引き起こした原因としてヴェルサイユ条約の懲罰的効果が認められると、アメリカはそれ以上の罰を与えることを危惧するようになった。西側同盟諸国は自分たちの占領地をソ連が放って置くつもりがないことを認め、戦略的地域を味方に引き入れる方策を探した。これは主に、アメ(物質的な富)と鞭(俺たちはここにいるんだ、お前らの方が慣れろ)によって行われた。
日本では、これは二通りの方法で実行された。アメリカは工業力過剰で(世界経済の50%を占めていたと思う)、これを軍需用から民生用に転換する必要があった。また雇用している兵士の数も多かった。アメリカは、あわよくば輸出先にするために自国のビジネスモデルを使い、日本の工業(すでにかなり進んでいた)の発展に投資することができた。他のアジア諸国は先進工業国に近づいてすらいなかったため、日本はこれによりアジアの工業開発を事実上独占した。
アメリカはまた、これが可能になるようにIMFや世界銀行といった戦後の機関を作った。ここでの本質的な考えは、金(きん)への依存を米ドルに置き換えることだった。これにより日本は自国通貨を安定させることができ、世界からのさらなる投資を招いた。ただ誤解のないように言っておくと、これは利他的な行動ではなく投資だった。
■回答者2(アメリカ)
アメリカとしては、大日本帝国に忠誠を誓う日本人を相手に片っ端から戦うより、日本を平和にする方が有利だった。米国は日本がソ連の勢力圏に入ったり共産主義になったりすることを望まなかった。報復という点で言えば、われわれは日本の戦艦を沈め、航空機を撃ち落とし、多くの日本兵を殺し、2つの原子爆弾を落とし、東京を灰燼に帰するまで空爆した。
日本の大部分を再建したのは日本人だ。米国は日本を改革し、天皇の下での民主的な憲法を与え、主要な貿易パートナーにして同盟国へと変化させ、日本を平和にして国民同士の友好を推進することができた。ヨーロッパに第2次大戦を招いた1919年のヴェルサイユ「命令」のような苛酷な平和を課すよりも、日本の再建を助ける方がアメリカの利害にかなったんだ。
参考:
「パリ講和会議が、もっぱら連合国の利害によって一方的に運営され、この条約によってドイツへの圧迫も厳しかったことから、ドイツではこの条約を「命令」Diktatとよんで、大いに恨む気分が強かった。これはナチスによって巧妙にとらえられ、ナチスの政権掌握の一因をなした。」
ベルサイユ条約(ベルサイユじょうやく)とは - コトバンク
■回答者3
枢軸国を処罰し賠償を引き出すことは、第2次大戦の連合国の目的ではなかった。特にルーズベルトは生前この点を明確にしていた。代わりに枢軸国を戦争に導いた支配階級を取り除くことが目的だった。第2次大戦の末期、日本とドイツは戦略的爆撃により、また日本の場合は2つの原子爆弾により、完膚なきまでに破壊された。「仕返し」としては十分だった。
関連記事:
外国人「米国が第2次大戦中に日本の民間人に空爆したのは正当なことだったと思う?」
確かに日本では戦犯の裁判があり、そこで特に問題となったのは戦争中に日本が占領した土地で残虐行為を支持した人々を起訴することだった。昭和天皇も裁判にかけるべきだったが、彼をイギリスやオランダの君主と同じような立憲君主として残すことは日本の降伏前に決まっていた。そこで、彼が人間であって神ではないことを国民に示す意味も兼ねて、彼を「親善」ツアーに出して日本中を回らせた(アメリカ軍の護衛つきで)。裁判にかけられた指導者たち(東條のような)は、天皇の役割について一切発言しないよう命じられていた!
加えて、日本の占領を任された男がいた:ダグラス・マッカーサー。彼は常に、軍人である以上に政治家だった。そして政治的野心の持ち主でもあった。第1次大戦の終戦時、マッカーサーを含むアメリカの軍隊がドイツで占領したのは、小さな切れ端のような土地だった。これは余り上手く行かなかったようで、関わった全ての指揮官たちに影響を与えた。マッカーサーはもし自分がまた占領に携わることがあったら、二度とこんなことは起こさせないと心に誓ったようだ。
アメリカ軍は日本の大部分を占領したが、前面には出ないよう全力を尽くした。その一例が検閲だ。彼らは日本の全ての印刷物に目を光らせ続け、当初は古いナショナリズムを助長するものを抑え込み、後に冷戦が始まると共産主義者のプロパガンダに同じことをした。また日本のメディアがこの検閲に言及することも抑え込んだ。
占領軍はまた日本のために新しい憲法を書いた。これは普通選挙権、男女平等、国際関係における武力行使の放棄を含むものだった。しかしこの憲法を実際に書いたのが誰だったかをメディアが言及することは禁じていた。
占領期間の経過につれ、米国の関心は共産主義者との戦いに移って行った。このため米国は、平和憲法があるにもかかわらず日本に再武装を求めた。皮肉なことに、日本は第2次大戦で日本を破るのに使われたのと多くは同じ武器を供給された。共産主義が魅力的に見えないように日本を住心地の良い場所にすることも、占領軍にとっては動機となった。
7年後、占領は終わった。日本はまだ伝統的ではあるがすっかり変化し、過去の封建的指導者たちの力は政治から取り除かれ企業の重役会議室に移り、それは今も続いている。
■回答者4(アメリカ)
残虐行為をした人々は、多くが戦争中に刑務所に送られるか殺されるかした。大日本帝国の政府は新生の民主主義に置き換えられた。日本の新しい政府は、攻撃用の軍隊を今後二度と持つことさえできなくする拘束力のある合意を締結した。残ったごくわずかな軍隊は自衛隊と改称され、日本列島内でのみ使われることになった。これらの合意と引き換えに、われわれは日本のインフラを再建し、近代工業についての知識を教えた。それからの50年間、われわれは何度も何度も返済を受けてきた。われわれは勝利したのだ。このことにケチをつける理由は実際なにもない。
■回答者5(オーストラリア)
アメリカは日本を再建していない。日本人が自らの努力で再建したんだ。
米国が戦後、日本に大量の援助を投入したという主張はよくあるが、終戦直後に供給されたのはごく限られた量の食料援助だけで、この援助の量は日本が連合国に占領の費用を賄うために支払わなければならなかった量よりも少ないというのが事実だ。
しかし、日本が連合国に支払わなければならなかった占領の費用の大半は、例えば占領軍のために基地を建設したり供給品を買うために日本で消費された。そのためこのお金は日本に戻り、日本経済の再建に役立った。
さらに、1950年に朝鮮戦争が勃発すると、米国は軍隊向けの供給品の産地として日本を利用した。これにより日本経済はさらに加速し、後の大きな成長に向けた道を準備することとなった。
以上より、米国は気前の良さから日本に何かをしてやったことはない。日本でやったのはいずれも、自国の利益にかなうことだった。事実、占領初期に日本を訪れた米国政府の官僚は、日本のカウンターパートに対し、日本経済は紙タオルの輸出に基礎を置くべきだと語っている。
翻訳元:Quora
負けたにしては結果的にかなり上手く立ち回った方だと思います。
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外国人「ヤクザは日本で政治的な力を持っているの?」

マッカーサーの呪いから目覚めよ日本人!
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歴史を反省しない民族に生きる資格はない。