海外Q&Aサイトの「米国は第2次大戦中、日本の天皇と『宮殿』の位置を知っていたの? 知っていたなら、なぜ彼を消さなかったの?」という質問から、回答をご紹介。


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■回答者1(アメリカ)
天皇がいつどこにいるかについて、米国はリアルタイムの情報を手にしてはいなかった。ただ東京の皇居の地下にいて、東京を空爆したアメリカの爆撃機が皇居を避けた後は、そこに留まっている筈がないと思われていた。

彼を殺そうという試みはなかった。そうする利点が何もないからだ。

またヒトラーを殺そうと試みた連合国もなかった。ただし理由は違っていて、ヒトラーは開戦前後、権力の掌握と連合国への対応において、邪悪ではあるがそれでもなお素晴らしい才気を見せた。これはフランスの陥落後に終わった。ヒトラーは自分が史上最高の戦争指揮官だと思い込んだ。そしてそれ以来、彼はひどい決断を繰り返すことで、連合国にとって最高の利点となった。これはフランスの降伏以前、ダンケルクでBEF(イギリス海外派遣軍)を逃したことに始まる。

アドルフ・ヒトラーと第2次大戦(英語)

天皇に関しては、アメリカ人は日本を深く理解してはいなかったかも知れないが、彼が戦争を始めた熱烈な軍国主義者というわけではない程度のことは知っていた。彼は軍国主義者たちに賛成してはいたが、それが勢力を増すに当たっての主力ではなかった。アメリカ人はまた、日本人が天皇に対して抱いている深い敬意と愛情も理解していた。このためアメリカは、占領に対する一種根本的な抵抗を防ぐのに彼を利用することができた。マッカーサーは戦争中は重大なミスを犯したが、軍政府長官としては良い働きをした。軍政府長官というものは通常、被占領国では憎しみの的になる。ところが死ぬまで戦う準備をしていた国がマッカーサーを愛するようになったのだ。すべての歴史を通じて、こんな例はないと思う。その理由の大部分は、彼が日本を民主化する過程で天皇を引き込んだことにある。

boys clothing: 忠誠心 ― 現代日本の君主ヒロヒト(英語)

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■回答者2(アメリカ)
ヒロヒトに対する「暗殺」攻撃を行わなかった理由は色々ある:

  1. 彼は軍を指揮する者ではなかった。彼とその家族を殺しても、戦争を終わらせることにはならなかっただろう。
  2. 彼を殺すと、実際には事態を悪化させることになる可能性があった。日本の天皇は大変な崇敬の念を一身に集めていた。彼を殺したら、日本人の抵抗を刺激していただろう。
  3. 米国の爆撃機が日本に到達できるようになった時点で、実質的に勝負はついていた。しかし戦争の計画を立てていた人たちは、戦争を終わらせるのに日本の占領が必須になると見越していた(マンハッタン計画については知らなかった)。彼らが最も避けたかったのは、日本の民間人が宗教的情熱に取り憑かれることだった(上述)。
  4. ヒロヒトは陸海軍将校に対する制約要因だった。彼は広島と長崎の後で日本が降伏したことで称賛に値する。連合国の司令官で、そんなことが起こると分かっていた者がどれだけいたかは分からない。



■回答者3
ヒロヒトは、少なくとも日本の形勢が不利になってきた時には、第2次大戦で起こっていることをほぼ全く知らなかった。日本の最高司令部は彼が澄ました顔で日本国民を鼓舞できるように、何度となく彼に嘘をついていたからだ。彼を殺したとしても何も得るものはなかっただろう ― 日本人の士気を根底から削ぐ可能性は小さく、彼らを宗教的熱意に満ちた憤怒に駆り立て、さらには戦い続ける誓いと意志を強める可能性の方がずっと大きかった。天皇は軍に対する実際の指揮を取っておらず、基本的には宗教的な崇拝を受けるチアリーダー以上のものではなかった。終戦近くになり日本への爆撃が始まると、ヒロヒトは自分がたわごとを吹き込まれていて戦争が恐ろしいことになっているのに気づいたため、彼は日本人を降伏させる絶好の機会となった。身の毛もよだつような、ターキン(※『スター・ウォーズ』シリーズに登場する軍人)じみた、超強力兵器による民間人の蒸発(つまり、広島と長崎の絶滅)は、抵抗する者がどうなるかという実例を示し、続くヒロヒトに直接宛てられた降伏勧告には彼が天皇の地位に留まることを保証するという内容が含まれており、彼はこのチャンスを利用した。連合国はヒロヒトを生かしておくことで、日本への侵攻という手段に訴える必要がなくなった。実施されていたら、『ウォーハンマー40,000』(※英国ゲームズワークショップ社のミニチュアゲーム)から出てきたような血みどろの事態になっていただろう。

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追記:ヒロヒトが日本の行った残虐行為の多くを知りながら目をつぶっていたこと、また日本人が全ての戦いに勝利しているわけではないことを承知していたのは私も知っているが、ここでの論点はそういうことではない。ヒロヒトはもっと後になるまで、実際にことを行っていた軍事政権のため、第2次大戦での日本の勝利について、言わば信じがたいほど婉曲的な視点を持ち続けていた。日本に対する空爆作戦が実際に始まる頃まで、彼が知る限りでは、最悪でも全てはまだ容易に救済可能だった。

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■回答者4(アメリカ)
ふーむ・・・他のレスを見ると、あれこれ憶測はしているが、当時の米国の計画や戦略目標を示す実際の文書を引証しているものは一つもないな。僕に言わせると、こういう議論の多くはどうにも心もとない当て推量だ。われわれが日本国じゅうに狂信的な反応を引き起こすことを恐れて日本政府の首を切り落とさなかったという考えは、日本国民の士気に揺さぶりをかけるのが目的だったドーリットル空襲の意図と対照的だ。天皇の死は確実に前者を引き起こしただろう。帝国政府にはヒロヒトが戦後の影響力の調停役となることを予見する内部的な動きがあり、当時の米国の作戦立案者たちはこれを十分把握していた。われわれがサダム・フセインを倒したのが誤りだったかどうかは分からないが、少なくともイラクの社会がどういった構造を持っているかはよく知っていた ― これに対し、1941年のわれわれにとって日本はほぼ謎だった。真珠湾はわれわれの理解不足の証拠で、ただ少なくとも、天皇の承認がなければこの攻撃が決してありえないことは米国の誰もがすぐに分かった筈で、彼はただちに悪名高い戦争犯罪者になった。彼が統治を続けるのを認めさせるために、マッカーサーの影響のもとで西洋における天皇の評判が回復させられたのはよく知られていることで、だから自分が後に有用になるという先見の明があり戦争中の罪を免れたと歴史修正主義者が言うのも驚くことではない。ただ僕はこの点に関しては不可知論者だ。実際の文書があったら教えてほしい。

参考:
「ドーリットル空襲(ドーリットルくうしゅう、英語:Doolittle Raid)は、第二次世界大戦中の1942年(昭和17年)4月18日に、アメリカ軍がアメリカ陸軍航空軍の爆撃機(航空母艦より発進)によって実施した日本本土に対する初めての空襲である[3][4]。」
ドーリットル空襲 - Wikipedia

また指摘したいのは、天皇が日本の文化では神のような人物で、全ての日本国民から疑問の余地のない尊敬と服従を得ていたというのはよく知られた事実だが、一方では古参の軍人が彼を誘導していた、あるいは戦略について一切教えなかったという矛盾した考えもある。そういう人たちは自分の判断を天皇の考えより優れたものだと考え、わざと天皇の役割を弱めるほど、個人的な見解では日本人離れしていたのだろうか? 不忠という感じがするし、ひょっとすると反逆でさえあるかもしれない。僕はこの2つの考えは整合しないものだと思う。でも、僕に分かるわけない。



翻訳元:Quora



現代の発想じゃないでしょうか?



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