海外Q&Aサイトの「日本の社会についてマンガやアニメから学んだことは?」という質問から、回答をご紹介。


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■回答者1(ロシア)
実際たくさんのことに気づいたよ。

まずはこれ:

社会 vs 個人

あの不快でうんざりするイジメの話をアニメで見たことがある? クラスののけ者が登校してみると机いっぱいに落書きがしてあって、本がなくなっていて、みんなが影で笑ってるんだ。

あるいは、みんなでそののけ者をいよいよのけ者にして行く話は?

誰かが脅迫しようとする話は?

でそういうのの中で、犠牲者が実際にブチ切れてイジメっ子と戦ったり、わかんないけど、鉛筆を握ってイジメっ子の一人に突き刺したりする作品が一つでもあったか?

僕は、イジメられてた人がもう知るかって決意してイジメっ子をナイフで切りつけようとする場面があったのを覚えている(ビジュアルノベルで)。このケースでは、この行為は倫理上の超えちゃいけない一線を超えて、引き返しがつかなくなる事みたいに扱われていた。

この種のストーリー作りを見ると、考え方に大きな違いがあることが分かる。

例えば僕の場合、タフガイってタイプじゃあないけど、誰かが近づいてきて「おい、言った通りにしないとお前についての噂を流すぞ」とか言ったら、僕は追い詰められたと感じて、誰も助けてはくれないのだから「キ○ガイモード」に突入して僕を悩ませる奴と戦って、怯えさせて、なんなら殺さなくちゃという結論に、すぐにたどり着くだろう。

日本の作品では・・・そうしたことは起こらない。イジメっ子によるプレッシャーというのは、大抵は権威のある人も干渉せず(体面を保とうとして)、乗り越えることのできない解決不能な問題として描かれる。

関連記事:
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同様に、周囲の認識を毀損する可能性のある脅迫のネタを持っているというのは、相手に対する絶対的な力を持っているというレベル(ファンタジー作品で真の名前を知るとその人に対する絶対的な支配権を獲得できるのと同じレベル)になる。

これは完全に考え方が違う。そして日本でしかあり得ない。

だから「お前は無だ」「社会の考えが全て」「苦しくても耐えて、他人に迷惑をかけるな」となる。

次。

人生は15歳で終わる。

主人公の大半は十代か十代前半、時には子供として描かれ、普段は学校に通っているが、何とかして時間を見つけて冒険したり何かを経験する。14歳ぐらいになると、みんな一つのことしか考えなくなる ― 試験。そして試験が終わったとたん、彼らはまるで存在することをやめてしまう。

もう冒険もない。前に進んでサラリーマンになってカイシャのために働くとか、何かそういった事をする時が来たわけだ。基本的に、かなりの割合の作品が、人は学校を卒業したら個人であることをやめて社会の歯車になることが期待されているという印象を与える。

ここから次の論点につながる:

オタク問題というのがあるらしい?

ここ数年、次のようなメッセージを発しようとする作品が妙にたくさん出てきた:

「オタクも人間だ!」あるいは「たとえ負け犬のオタクであっても人間だ!」

例えば『干物妹!うまるちゃん』や『ログ・ホライズン』がそうだし、今も時々、あちらこちらに出てくる。

なぜそんなことを声に出して言う必要があるのか? その種の人々が実際に人間扱いされていないか、あるいは該当のアニメが重大な社会的問題を抱えたその種の人々をターゲットにしているかだ。

そこで次の問題は・・・

こうしたこと全てから逃れたいと思っている人たちもいるようだ。

この数年で「ゲームのような異世界」がいくつあったか。思い出してみると・・・『ソードアート・オンライン』、『ログ・ホライズン』、『このすば』、『異世界はスマートフォンとともに。』、『Re:ゼロ』、『オーバーロード』・・・それから『幼女戦記』も。

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(パラレルワールドの第1次大戦中に狂気の幼女として生まれ変わった東京のサラリーマン)

マンガだと『Re:Monster』がある。

これら全てにはお馴染みのパターンがある ― 君の住んでいる世界は最悪だ、しかし異世界に放り込まれれば何者かになれる。あるいは、もっとひどいのもある:異世界では君は誰よりも強くて、みんなが君を愛し、崇拝する。

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(ソース:『異世界はスマートフォンとともに。』)

このタイプの物語が増えてきたのは、SAOが始めた流行に恥も外聞もなく乗っかろうとしているのか、それとも現実から逃避して、自分が強くて誰もが愛したり恐れたりしてくれる遠く離れたクールな場所がどこかにあるということにしたい、という人々の需要と欲望に対するもっともな反応なのだろうか。

もしこれが逃避主義への反応なのだとしたら、非常に厄介だ。少なくとも日本の社会にとっては。

関連記事:
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アメリカ人の悪役率の高さ。

見て行こう。『ゲート』 ― 敵役はアメリカ人。『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』 ― 敵役はアメリカ人。『亜人』 ― 少なくとも1人の敵役はアメリカ人。『正解するカド』 ― 敵役は(国連が支援する)アメリカ人。などなど。

僕は気にしてないが、ちょっと面白い。


今のところこのトピックに関して言えるのは以上だ。

楽しんでくれ。



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■回答者2(アメリカ)
アメリカの社会とはすごく違うということ、学校のプレッシャーが日本ではずっと深刻だということ、あと日本人は本当に清潔さを大事にするということ。責任感と権威もすごく強調されてる。アメリカの社会と違うのは、(※アメリカでは)負け犬とかクズでも役に立たなくなることはないし、恥が悩み事になって頭から離れないみたいなこともない。恥っていうのはアメリカだとそんな効果は持たなくて、アメリカもそうなればいいと思うけどでもこの国はクッソ恥知らずよね、でもなんか、詐欺師が作った国で退廃してるから、状況が逆転してカラードが国を動かすようになるまでそれ的なのは期待してないけど。

あと権威も重大で、ていうのはアメリカだと「なあボス、あんたほんと役立たずだな」とか言ってみんなが「うぉー」ってなって、そしたら単に仕事を辞めるでしょ。日本だとほんとそうはいかない。

最後に、日本は大体がすごく安全みたい。子供に一人暮らしさせて、自分の面倒は自分で見るようにしたりできるんだから。こっちじゃ聞いたことないわね、そういう子がいたらペドとかポン引きがさらって行っちゃうか、近所の人が怒り狂って親や保護者をネグレクトってはずかしめて、子供は養護施設とか養子縁組とかに入れさせるから。子供をネグレクトしたって告発したりもする。まあ、アニメを見て分かったのはそんな感じ。



■回答者3(インド)
アニメは単にエンターテイメントの一種なのだから、正直言ってこの質問がある社会や国を判断する手段になるとは思えない。社会的な要素に基づいたリアルなアニメもあるが、それでも現実には当てはまらない要素が添加されているのだから、判断はできない。インドのTV番組(半分はクソだ)に基づいてインドを理解しろと言っているようなものだ。とはいえ、やってみよう。

日本人は目標に向かって懸命に努力する傾向がある。自分の目標、あるいは会社の目標を達成するために働きすぎているようだ。それから日本語の礼儀正しさ、相手を呼ぶ時に示す敬意。多くのマンガに見られるように武術の才能もあって、総じてよく規律を守る。

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とはいえ問題も抱えている。ヤクザ、腐敗、違法行為、いじめられてニートになる若者、家庭内暴力等だ。しかし本当に日本の社会を理解するには、日本に滞在してみなければならない。

私が言えるのは以上だな。



翻訳元:Quora



ある程度の誤解はやむを得ないのかな・・・



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