海外Q&Aサイトの「第2次大戦中、日本人はナチスよりずっと悪くて残酷だった。なぜ彼らは外国からドイツ人のような扱いを受けなかったんだろう? なぜ今でも日本人のやったことはほぼ知られてないんだろう?」という質問から、回答をご紹介。
■回答者1(フィンランド)
「ナチスよりずっと悪くて残酷」ではなかった。
第一に、日本人は完全に無情で、残酷で、残忍で、野蛮だった。聖書に出てくる青銅器時代のユダヤ民族の方に近いものがある。彼らの行為を「中世的」と呼ぶのは、サムライに対する侮辱だ。日本人がクズ野郎どもだったことは疑いないし、シャ○をキメて戦っていたのが言い訳になるわけではない事も確かだ。彼らの残虐行為の大半はメタンフェタミンでぶっ飛んだ状態でやったことだったし、実際に帝国陸軍の高級将校たちは、シャ○の厄介な副作用を望ましいものと見なしていた! これは日本人の物の考え方を語って余りある。
とはいったものの、彼らの野蛮行為は気まぐれで、先祖返り的で、冒涜的なものだった。ナチスが人間性のどん底である理由は、悪行を全く新たな領域に持ち込んだことだ。ナチスは虐殺を工業化したのだ。ドイツ人の持つあらゆる徹底性、計画、工学、効率性をもって。誰も ― 共産主義者さえも ― 、ナチスと同じ規模と科学的有効性で、殺人を工業的プロセスに仕立て上げはしなかった。
虐殺は、マルクス主義のイデオロギーのせいで常に共産主義者のアジェンダだが、共産主義者はむしろその素人じみた犯罪的な非効率性で知られている。ナチスほどではない。「ドイツ的効率性」と言えば決まり文句だが、この決まり文句が虐殺に ― ホロコーストとポライモス(※ロマ絶滅政策)、その他の殺人プログラムに適用された。ナチスは、われわれが人間を神の子として扱うことをやめ、生産のための動物、あるいは害虫として扱った場合に何が起こるかをまざまざと見せた。この教訓は学ぶには苦しく、内面化するには痛みを伴い、 ― そして忘れるのは容易だ。
ドイツはLand des Dichters und Denkers、つまり「詩人と哲学者の国」として知られていた。ナチスはそれをLand des Richters und Henkers ― 「警官と死刑執行人の国」に変えた。ドイツ人はナチス時代、自分たちのモラルの核心を完全にひっくり返してしまった。そして何より恐ろしいのはこの点だ。もしそれがドイツに ― 古い文明のある国に ― 起こりうるなら、誰にでも起こりうる。
言うまでもなく、ナチスの犯罪者狩りは今日まで続いている。生き残りの大半はもう100歳になろうというのにだ。彼らは許されてはならない。彼らはキリスト教の道徳と倫理を放棄することで、単純に人間性の外部に身を置いたのだ。とはいえ、まともなドイツ人とナチスの違いははっきりしている。ドイツにおける脱ナチス化は、鉤十字が完全に違法化されるほど ― それを神聖な象徴として用いるヒンドゥー教でさえ、公に掲げてはならないというほど徹底している。西洋人はドイツ人を「自分たちの一員」と考えており、ナチスの悪行は、徹底した脱ナチス化のプロセスと一掃が必要となるほど凄まじいものだった。
日本人についてはそれほどではなかった。日本人はロシアのように別の文化圏に属するもので、ちょうどロシア人の無情さ、残忍さ、そして裏切りが西洋には何とか耐えられる、あるいは見て見ぬふりができるのと同じことだ。ロシアは「自分たちの一員」と考えられてはおらず、むしろ東洋の、モンゴルをベースとした文化圏に属するもので、西洋のキリスト教圏と同じ倫理と価値観を共有してはいない。「露助をこするとモンゴルが出てくる」。同じことが日本人にも当てはまる:彼らは別の価値観をもつ別の文化圏に属している。日本人の残虐行為の大半は、他者と見なされる兵士や民間人に対してのものだった。日本で脱クズ野郎化のプロセスが、ドイツにおけるほど徹底して行われていないのはこのためだ(ロシアでは、あらゆる点でナチスドイツと同じほど邪悪だったソ連が依然重きをなしているため、脱ボルシェヴィキ化のプロセスは行われなかった)。日本の脱クズ野郎化の面倒を見るのは、西洋人ではなく彼らの文化圏の仕事だと考えられている。
とはいえ、日本は第2次大戦では厳罰に処せられ、叩きのめされた。日本の都市への空襲、原爆、制限のない潜水艦戦は飢餓を蔓延させた ― そして日本人の目に、彼らが間違った帝国を選んでいたことをはっきり示した。
■回答者2(イギリス)
過去は固定したものではなく流動的なものだ。つまり、現在の信念というレンズを通して解釈される。
「日本人はナチスよりずっと悪かった」という主張が正しいのか、適切なのか私には分からない。
もし連合国が1945年に「犯罪」に責任のある全ドイツ人を勾留していたなら、街からは人がほぼいなくなっていただろう。ニコラス・スターガート(Nicholas Stargardt)のようなドイツの歴史学者の最近の著作では、結論として「私たちは知らなかったのだ」は単純に正しくないということが示されている。共産主義の東ドイツでは「ナチスは全員、国境の向こうに住んでいる」というのを思い付いた。西ドイツでは「栄誉あるドイツ国防軍、卑劣なSS」だった。
2014年まで、オーストリア(ヒトラーの故郷であり、彼の反ユダヤ的な政治的見解と忠実な部下たちが生まれた土地)には、アウシュビッツに「オーストリア:ナチスの最初の犠牲者」と書かれた銘板があった。『サウンド・オブ・ミュージック』を見てくれ ― 甘い歌声の根底に同じメッセージが流れているのが分かるはずだ。1947年、東ドイツは、一方の面には強制収容所、反対側の面にはドレスデンを描いた記念碑を制作した(ドレスデンの残虐行為という主張の起源であり、実際にはゲッベルスに由来する)。したがって私には、ドイツが「ひどい扱いを受けた」というのが何を言っているのか分からない。ドイツ人自身、ナチス世代は普通に続いているという認識で、それが'70年代のバーダー・マインホフ(※西ドイツの極左テロリスト集団)等につながった。「最終的解決」(※虐殺)を議論した1942年のヴァンゼー会議の出席者の一覧(※→Wikipedia)と、そのうち何人が処罰を免れたかを見てほしい。
日本人はいくつかの犯罪について謝罪をしているが、しかし謝罪は西洋文化の多くの国とは異なる役割を持っており、罪という含意がない。それでもなお、依然として(例えば)慰安婦の存在を否定する日本人は数多くいる。私は15年間、アジアのさまざまな地域に住んでいたが、どの国にも占領の恐怖についての物語があった。連合国の戦争捕虜1万2000人がビルマの鉄道建設で亡くなった。25万人の亡くなったマレー人、インドネシア人、その他の人々については誰も聞いたことがない。しかし原爆で殺された17万の日本人は、その25万人や、あるいは1945年3月の従来型爆弾による東京の空襲で亡くなった25万の日本人よりも問題になっている。これを日本人は「私たちは被害者だ」と言うのに利用してきた。日本の高校の教科書で、1910~1945年の期間を扱っているのは20ページだ。大学に行くまで歴史を学ぶ者は1人もいない。しかし・・・シンガポール、インドネシア、フィリピンといった国は過去に言及すらしない。
1997年にリン・パン(※恐らくアイリス・チャンの間違い)がその有名な著書を出版するまで、南京での殺人について中国では誰も話しさえしなかった。20世紀の中国の悲劇は、南京での25万人の死という推定の上限さえもが公的に記録されていないことだ。そして、その凄まじさを減じるものではないが、文化大革命で起こった「誤り」の公式の(認められてはいない)数は、約300万だ。
歴史は政治的なものだ。この20年間、中国政府は大抵のイギリス人が覚えてもいない2つの小さな戦争、つまり1839~42年と1856~60年のいわゆる阿片戦争を記念する新たな記念館に何百万という投資を行ってきた。こうした記念館が重要でないという意味ではないが、しかし大躍進政策の間、1958~62年に中国の農村で亡くなった3,000万人について、そこでは一言も触れられていないだろう。
したがって、確かに日本人はまがいものの歴史を作ることを許されてきたが、しかしそれをやったのは日本人だけではない。
■回答者3(アメリカ)
日本との戦争中、私は小さな子供だったが、いくつかの子供じみた印象を思い出すことができる。アメリカは二つの戦線で戦っていたが、民衆が強い印象を受け感情が高まるのは、太平洋での戦争だった。結局のところアメリカ人の多くにはドイツ人の先祖がいたし、「アイゼンハワー」のようなドイツ人の名前を持っている場合もあり、またドイツ人は見た目が私たちの大部分と似ていて、普通は宗教も同じで、ヒトラーの奇怪な妄想を除けばまったく同じ文化を持っていた。ジャップ(奇妙なことに、当時彼らのことを“the Japanese”と呼ぶ人はいなかった)は小さな黄色い人間で、その文化と宗教は(どんなものであるにしても)私たちのそれとは何の共通点もなかった。このためニセイは強制収容されたが、ドイツ系アメリカ人に対してそういった事はなかった。
日本人がどれほど憎まれていたか、分かってもらうのは難しい。その一部がプロパガンダだったことは疑いないが、しかし(ナチスと同じく)単純な事実以上にひどい残虐行為を考え出すことは難しかった。彼らは他の惑星から来た生き物のようで、降伏よりも自殺を選び、玉砕突撃とカミカゼ攻撃を行い、戦争捕虜を(そしてジュネーヴ条約を)侮蔑して扱った。また当時、事前告知なしで戦争を始めるのは「だまし討ち」(sneak attack)と呼ばれていた。今ではそれが普通だ ― 奇襲の利点を捨てる理由があるか? しかし当時は・・・邪悪なことと思われていた。
しかし、これほどの時が経った今、そして東南アジアや中東でアメリカがこれほどの不正行為をしてきた後では、上記とはまた別に分かってもらうのが難しいことがある。降伏後のドイツ人と日本人に対してアメリカが示した寛大さだ。ダグラス・マッカーサーは、非常に多くの間違いも犯したとはいえ、占領期間中には正しいことをした。彼はヒロヒトを皇位に残し、占領軍が礼儀正しく敬意をもつこと、放埒な振る舞いはしないことを明確にした。占領軍はおおむねそうしたし、そしてこれが言いたいのだが、1945年の秋は驚くべきものだった。この男たちには日本に対する愛などほぼなかったのだから、その自制心は素晴らしかった。アメリカ人の多くが日本の降伏に対して見せた、非常に素早い反応もそうだ ― 憎悪はほどなくして一種の好奇心に変わったのだ。お辞儀をして花を活ける小人たちは、実際可愛らしいものだった。そして良きビジネスマン、生産者、消費者になろうという熱意に満ちていた。そして共産主義者でもなかった。
日本がアジアで征服したあらゆる人々に過酷な扱いをした話を目立たないようにするという決定を、ワシントンが下していたことに疑いはない。繰り返すが、中国や朝鮮やフィリピンやニューギニアにルーツを持つアメリカ人はほとんどいなかったし、これらの地域での日本人の残虐行為には人を引き付ける力がほぼなかった(アジア人自身は忘れはしなかったという事は分かると思うが)。そして、あの日本のカメラ! 日本のトランジスター・ラジオ! ゴジラとモスラ! サムライ映画! 嫌いになる理由があるか? その上、戦争は終わって日本は大いに苦しんだ。もう恨みっこなしということにしよう。
分かってる、分かってる。もしあの爆弾を作ったのが私たちではなく日本人だったなら、彼らはアメリカを無条件降伏に追い込み、私たちが彼らを扱ったようには私たちを扱わなかっただろう。しかし当時のアメリカ人は自分のことを好人物で、寛大で雅量に富む、ヨーロッパ式に千年も根に持ったりはしない人間だと思いたがっていた。アメリカ例外主義は、実際良いことだと思われていた。
それにあのジャップどもは、あんなに礼儀正しく、あんなに可愛らしい! それにあのカメラ!
ドイツもまた寛大な扱いを受けた。この時は、アメリカ人はフランス人やその他の被害者に条件設定をさせなかった。西ドイツはほとんどがアメリカの援助で再建された。ああ、分かってる、これは寛大さとも親切心とも無縁の、まったくマキャベリ的なやり口で、金は飢えた大衆ではなく強制労働でヒトラーのために銃を作っていた巨大な汚いビジネスに流れた、云々。歴史修正主義万歳だ。アメリカは1945年以来非常に汚くて、良いことをしたことがあると今では信じられないほどだ。そして言うまでもなく、ドイツにナチス党員は1人しかいなかったことが分かった。誰もが初めからヒトラーを憎んでいて、誰も約3万ヶ所の強制労働収容所のことなど知らず、980の強制収容所のことも知らなかったのだ。その上、連合国の戦争犯罪! 空爆! ロシア人! 悪のアメリカ!
まあ仕方ない。過去が徐々に小さくなって行くのをバックミラーで眺めている、チェックアウトの世代の私たちにとっては無害な気晴らしだ。1940年代後半、ソ連が原爆を手にして冷戦が本格的に始まる前、米国はジム・クロウ法やキリスト教的タブーやその他の欠点はあったものの、短くも輝かしい一瞬には、優位な立場にあったのだ。
長続きはしなかったが。
■回答者4(インド)
歴史をちゃんと読め。野蛮で残酷な行為は日本人やドイツ人だけの個人的特徴ではない。南北アメリカ、オーストラリア、アフリカでヨーロッパ人が行った虐殺は、日本人やドイツ人の行為よりましなものではない。チベットでの中国人の残忍さ、スリランカ人によるタミル人の虐殺、トルコ人によるアルメニア人の民族浄化、インドにおけるムスリムの指導者の野蛮行為・・・罪のない人間などまず1人もいないし、大規模な残虐行為に点数をつけることなどできない。恐らく、無罪を主張できるのはオーストラリアのアボリジニか、アンダマン諸島の原住民だけだろう。
翻訳元:Quora
Quoraでは日本軍はとりあえず叩くのが正義みたいな風潮がある気がするので、今回はちょっと意外でした。
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外国人「731部隊はナチスの絶滅収容所より悪かったと言えるだろうか?」
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■回答者1(フィンランド)
「ナチスよりずっと悪くて残酷」ではなかった。
第一に、日本人は完全に無情で、残酷で、残忍で、野蛮だった。聖書に出てくる青銅器時代のユダヤ民族の方に近いものがある。彼らの行為を「中世的」と呼ぶのは、サムライに対する侮辱だ。日本人がクズ野郎どもだったことは疑いないし、シャ○をキメて戦っていたのが言い訳になるわけではない事も確かだ。彼らの残虐行為の大半はメタンフェタミンでぶっ飛んだ状態でやったことだったし、実際に帝国陸軍の高級将校たちは、シャ○の厄介な副作用を望ましいものと見なしていた! これは日本人の物の考え方を語って余りある。
とはいったものの、彼らの野蛮行為は気まぐれで、先祖返り的で、冒涜的なものだった。ナチスが人間性のどん底である理由は、悪行を全く新たな領域に持ち込んだことだ。ナチスは虐殺を工業化したのだ。ドイツ人の持つあらゆる徹底性、計画、工学、効率性をもって。誰も ― 共産主義者さえも ― 、ナチスと同じ規模と科学的有効性で、殺人を工業的プロセスに仕立て上げはしなかった。
虐殺は、マルクス主義のイデオロギーのせいで常に共産主義者のアジェンダだが、共産主義者はむしろその素人じみた犯罪的な非効率性で知られている。ナチスほどではない。「ドイツ的効率性」と言えば決まり文句だが、この決まり文句が虐殺に ― ホロコーストとポライモス(※ロマ絶滅政策)、その他の殺人プログラムに適用された。ナチスは、われわれが人間を神の子として扱うことをやめ、生産のための動物、あるいは害虫として扱った場合に何が起こるかをまざまざと見せた。この教訓は学ぶには苦しく、内面化するには痛みを伴い、 ― そして忘れるのは容易だ。
ドイツはLand des Dichters und Denkers、つまり「詩人と哲学者の国」として知られていた。ナチスはそれをLand des Richters und Henkers ― 「警官と死刑執行人の国」に変えた。ドイツ人はナチス時代、自分たちのモラルの核心を完全にひっくり返してしまった。そして何より恐ろしいのはこの点だ。もしそれがドイツに ― 古い文明のある国に ― 起こりうるなら、誰にでも起こりうる。
言うまでもなく、ナチスの犯罪者狩りは今日まで続いている。生き残りの大半はもう100歳になろうというのにだ。彼らは許されてはならない。彼らはキリスト教の道徳と倫理を放棄することで、単純に人間性の外部に身を置いたのだ。とはいえ、まともなドイツ人とナチスの違いははっきりしている。ドイツにおける脱ナチス化は、鉤十字が完全に違法化されるほど ― それを神聖な象徴として用いるヒンドゥー教でさえ、公に掲げてはならないというほど徹底している。西洋人はドイツ人を「自分たちの一員」と考えており、ナチスの悪行は、徹底した脱ナチス化のプロセスと一掃が必要となるほど凄まじいものだった。
日本人についてはそれほどではなかった。日本人はロシアのように別の文化圏に属するもので、ちょうどロシア人の無情さ、残忍さ、そして裏切りが西洋には何とか耐えられる、あるいは見て見ぬふりができるのと同じことだ。ロシアは「自分たちの一員」と考えられてはおらず、むしろ東洋の、モンゴルをベースとした文化圏に属するもので、西洋のキリスト教圏と同じ倫理と価値観を共有してはいない。「露助をこするとモンゴルが出てくる」。同じことが日本人にも当てはまる:彼らは別の価値観をもつ別の文化圏に属している。日本人の残虐行為の大半は、他者と見なされる兵士や民間人に対してのものだった。日本で脱クズ野郎化のプロセスが、ドイツにおけるほど徹底して行われていないのはこのためだ(ロシアでは、あらゆる点でナチスドイツと同じほど邪悪だったソ連が依然重きをなしているため、脱ボルシェヴィキ化のプロセスは行われなかった)。日本の脱クズ野郎化の面倒を見るのは、西洋人ではなく彼らの文化圏の仕事だと考えられている。
とはいえ、日本は第2次大戦では厳罰に処せられ、叩きのめされた。日本の都市への空襲、原爆、制限のない潜水艦戦は飢餓を蔓延させた ― そして日本人の目に、彼らが間違った帝国を選んでいたことをはっきり示した。
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■回答者2(イギリス)
過去は固定したものではなく流動的なものだ。つまり、現在の信念というレンズを通して解釈される。
「日本人はナチスよりずっと悪かった」という主張が正しいのか、適切なのか私には分からない。
もし連合国が1945年に「犯罪」に責任のある全ドイツ人を勾留していたなら、街からは人がほぼいなくなっていただろう。ニコラス・スターガート(Nicholas Stargardt)のようなドイツの歴史学者の最近の著作では、結論として「私たちは知らなかったのだ」は単純に正しくないということが示されている。共産主義の東ドイツでは「ナチスは全員、国境の向こうに住んでいる」というのを思い付いた。西ドイツでは「栄誉あるドイツ国防軍、卑劣なSS」だった。
2014年まで、オーストリア(ヒトラーの故郷であり、彼の反ユダヤ的な政治的見解と忠実な部下たちが生まれた土地)には、アウシュビッツに「オーストリア:ナチスの最初の犠牲者」と書かれた銘板があった。『サウンド・オブ・ミュージック』を見てくれ ― 甘い歌声の根底に同じメッセージが流れているのが分かるはずだ。1947年、東ドイツは、一方の面には強制収容所、反対側の面にはドレスデンを描いた記念碑を制作した(ドレスデンの残虐行為という主張の起源であり、実際にはゲッベルスに由来する)。したがって私には、ドイツが「ひどい扱いを受けた」というのが何を言っているのか分からない。ドイツ人自身、ナチス世代は普通に続いているという認識で、それが'70年代のバーダー・マインホフ(※西ドイツの極左テロリスト集団)等につながった。「最終的解決」(※虐殺)を議論した1942年のヴァンゼー会議の出席者の一覧(※→Wikipedia)と、そのうち何人が処罰を免れたかを見てほしい。
日本人はいくつかの犯罪について謝罪をしているが、しかし謝罪は西洋文化の多くの国とは異なる役割を持っており、罪という含意がない。それでもなお、依然として(例えば)慰安婦の存在を否定する日本人は数多くいる。私は15年間、アジアのさまざまな地域に住んでいたが、どの国にも占領の恐怖についての物語があった。連合国の戦争捕虜1万2000人がビルマの鉄道建設で亡くなった。25万人の亡くなったマレー人、インドネシア人、その他の人々については誰も聞いたことがない。しかし原爆で殺された17万の日本人は、その25万人や、あるいは1945年3月の従来型爆弾による東京の空襲で亡くなった25万の日本人よりも問題になっている。これを日本人は「私たちは被害者だ」と言うのに利用してきた。日本の高校の教科書で、1910~1945年の期間を扱っているのは20ページだ。大学に行くまで歴史を学ぶ者は1人もいない。しかし・・・シンガポール、インドネシア、フィリピンといった国は過去に言及すらしない。
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外国人「慰安婦に公式に謝罪して補償することが、日本政府にとってはなぜそんなに難しいのか?」
1997年にリン・パン(※恐らくアイリス・チャンの間違い)がその有名な著書を出版するまで、南京での殺人について中国では誰も話しさえしなかった。20世紀の中国の悲劇は、南京での25万人の死という推定の上限さえもが公的に記録されていないことだ。そして、その凄まじさを減じるものではないが、文化大革命で起こった「誤り」の公式の(認められてはいない)数は、約300万だ。
歴史は政治的なものだ。この20年間、中国政府は大抵のイギリス人が覚えてもいない2つの小さな戦争、つまり1839~42年と1856~60年のいわゆる阿片戦争を記念する新たな記念館に何百万という投資を行ってきた。こうした記念館が重要でないという意味ではないが、しかし大躍進政策の間、1958~62年に中国の農村で亡くなった3,000万人について、そこでは一言も触れられていないだろう。
したがって、確かに日本人はまがいものの歴史を作ることを許されてきたが、しかしそれをやったのは日本人だけではない。
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外国人「南京大虐殺について日本人はどう考えているの?」
■回答者3(アメリカ)
日本との戦争中、私は小さな子供だったが、いくつかの子供じみた印象を思い出すことができる。アメリカは二つの戦線で戦っていたが、民衆が強い印象を受け感情が高まるのは、太平洋での戦争だった。結局のところアメリカ人の多くにはドイツ人の先祖がいたし、「アイゼンハワー」のようなドイツ人の名前を持っている場合もあり、またドイツ人は見た目が私たちの大部分と似ていて、普通は宗教も同じで、ヒトラーの奇怪な妄想を除けばまったく同じ文化を持っていた。ジャップ(奇妙なことに、当時彼らのことを“the Japanese”と呼ぶ人はいなかった)は小さな黄色い人間で、その文化と宗教は(どんなものであるにしても)私たちのそれとは何の共通点もなかった。このためニセイは強制収容されたが、ドイツ系アメリカ人に対してそういった事はなかった。
日本人がどれほど憎まれていたか、分かってもらうのは難しい。その一部がプロパガンダだったことは疑いないが、しかし(ナチスと同じく)単純な事実以上にひどい残虐行為を考え出すことは難しかった。彼らは他の惑星から来た生き物のようで、降伏よりも自殺を選び、玉砕突撃とカミカゼ攻撃を行い、戦争捕虜を(そしてジュネーヴ条約を)侮蔑して扱った。また当時、事前告知なしで戦争を始めるのは「だまし討ち」(sneak attack)と呼ばれていた。今ではそれが普通だ ― 奇襲の利点を捨てる理由があるか? しかし当時は・・・邪悪なことと思われていた。
しかし、これほどの時が経った今、そして東南アジアや中東でアメリカがこれほどの不正行為をしてきた後では、上記とはまた別に分かってもらうのが難しいことがある。降伏後のドイツ人と日本人に対してアメリカが示した寛大さだ。ダグラス・マッカーサーは、非常に多くの間違いも犯したとはいえ、占領期間中には正しいことをした。彼はヒロヒトを皇位に残し、占領軍が礼儀正しく敬意をもつこと、放埒な振る舞いはしないことを明確にした。占領軍はおおむねそうしたし、そしてこれが言いたいのだが、1945年の秋は驚くべきものだった。この男たちには日本に対する愛などほぼなかったのだから、その自制心は素晴らしかった。アメリカ人の多くが日本の降伏に対して見せた、非常に素早い反応もそうだ ― 憎悪はほどなくして一種の好奇心に変わったのだ。お辞儀をして花を活ける小人たちは、実際可愛らしいものだった。そして良きビジネスマン、生産者、消費者になろうという熱意に満ちていた。そして共産主義者でもなかった。
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日本がアジアで征服したあらゆる人々に過酷な扱いをした話を目立たないようにするという決定を、ワシントンが下していたことに疑いはない。繰り返すが、中国や朝鮮やフィリピンやニューギニアにルーツを持つアメリカ人はほとんどいなかったし、これらの地域での日本人の残虐行為には人を引き付ける力がほぼなかった(アジア人自身は忘れはしなかったという事は分かると思うが)。そして、あの日本のカメラ! 日本のトランジスター・ラジオ! ゴジラとモスラ! サムライ映画! 嫌いになる理由があるか? その上、戦争は終わって日本は大いに苦しんだ。もう恨みっこなしということにしよう。
分かってる、分かってる。もしあの爆弾を作ったのが私たちではなく日本人だったなら、彼らはアメリカを無条件降伏に追い込み、私たちが彼らを扱ったようには私たちを扱わなかっただろう。しかし当時のアメリカ人は自分のことを好人物で、寛大で雅量に富む、ヨーロッパ式に千年も根に持ったりはしない人間だと思いたがっていた。アメリカ例外主義は、実際良いことだと思われていた。
参考:
「アメリカ例外主義(アメリカれいがいしゅぎ、英: American exceptionalism)またはアメリカ例外論(アメリカれいがいろん)とは、アメリカ合衆国がその国是、歴史的進化あるいは特色ある政治制度と宗教制度の故に、他の先進国とは質的に異なっているという信条として歴史の中で使われてきた概念である。」
アメリカ例外主義 - Wikipedia
それにあのジャップどもは、あんなに礼儀正しく、あんなに可愛らしい! それにあのカメラ!
ドイツもまた寛大な扱いを受けた。この時は、アメリカ人はフランス人やその他の被害者に条件設定をさせなかった。西ドイツはほとんどがアメリカの援助で再建された。ああ、分かってる、これは寛大さとも親切心とも無縁の、まったくマキャベリ的なやり口で、金は飢えた大衆ではなく強制労働でヒトラーのために銃を作っていた巨大な汚いビジネスに流れた、云々。歴史修正主義万歳だ。アメリカは1945年以来非常に汚くて、良いことをしたことがあると今では信じられないほどだ。そして言うまでもなく、ドイツにナチス党員は1人しかいなかったことが分かった。誰もが初めからヒトラーを憎んでいて、誰も約3万ヶ所の強制労働収容所のことなど知らず、980の強制収容所のことも知らなかったのだ。その上、連合国の戦争犯罪! 空爆! ロシア人! 悪のアメリカ!
まあ仕方ない。過去が徐々に小さくなって行くのをバックミラーで眺めている、チェックアウトの世代の私たちにとっては無害な気晴らしだ。1940年代後半、ソ連が原爆を手にして冷戦が本格的に始まる前、米国はジム・クロウ法やキリスト教的タブーやその他の欠点はあったものの、短くも輝かしい一瞬には、優位な立場にあったのだ。
長続きはしなかったが。
参考:
「主に黒人の、一般公共施設の利用を禁止制限した法律を総称していう。しかし、この対象となる人種は「アフリカ系黒人」だけでなく、「黒人の血が混じっているものはすべて黒人とみなす」という人種差別法の「一滴規定(ワンドロップ・ルール)」に基づいており、黒人との混血者に対してだけでなく、インディアン、ブラック・インディアン(インディアンと黒人の混血)、黄色人種などの、白人以外の「有色人種」(Colored)をも含んでいる。」
ジム・クロウ法 - Wikipedia
■回答者4(インド)
歴史をちゃんと読め。野蛮で残酷な行為は日本人やドイツ人だけの個人的特徴ではない。南北アメリカ、オーストラリア、アフリカでヨーロッパ人が行った虐殺は、日本人やドイツ人の行為よりましなものではない。チベットでの中国人の残忍さ、スリランカ人によるタミル人の虐殺、トルコ人によるアルメニア人の民族浄化、インドにおけるムスリムの指導者の野蛮行為・・・罪のない人間などまず1人もいないし、大規模な残虐行為に点数をつけることなどできない。恐らく、無罪を主張できるのはオーストラリアのアボリジニか、アンダマン諸島の原住民だけだろう。
関連記事:
外国人「日本軍は非人道的だったよね」→「戦争中はどの国もそうだよ」
翻訳元:Quora
Quoraでは日本軍はとりあえず叩くのが正義みたいな風潮がある気がするので、今回はちょっと意外でした。
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外国人「第2次大戦で一番残酷だったのはどこの国の軍隊?」→「そりゃ勿論・・・」
外国人「731部隊はナチスの絶滅収容所より悪かったと言えるだろうか?」
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このスレ主は中国、韓国どっち?
てか、現在も中国が行っているチベットやウイグルへの
民族同化による弾圧は無視なのかい?
現在起こっている事だぞ。