海外Q&Aサイトの「『ランダムな親切の行い』をして後悔したことってある? その理由は?」という質問から、回答をご紹介。
■回答者(ベルギー)
ある。
試験に向けて準備しながら公園を歩いていたら、二人の子供を連れた夫婦が近づいてきた。家賃を払えなくて家を追い出されて、今は路上で生活しているのだという。安宿かどこか寝る場所にお金を払えるように、いくらかくれと言った。
私はホームレスの人たちにはいつも弱くて、歩道に座っているホームレスの人がいると何もしないで通り過ぎることができず、いつもいくらかのお金をあげている。一度そのまま通り過ぎようとしたこともあったけれど、結局引き返して財布を空にした。このときも、他の人なら確実にお金をあげると思ったので、20ユーロ(※約2,650円)あげようと思った。
財布から20ユーロ札を取り出して渡そうとすると、男はもっとくれと言った。そこで50ユーロ(※約6,600円)にしようと思ったら、彼は私の財布から20ユーロ札と50ユーロ札を両方取った。それは感心しないなと言うと、彼は自分がどれだけ食べたり子供たちにおむつを買ったりしなくちゃいけないのかを話し始めた。
私は、こういう人たちが明らかに困難な状況にあるのに自分のことを考えていたと気づいて、すぐに罪悪感を覚えた。彼らとしばらく話して、女性は私をハグして、そうして別れた。私は持っていたお金を、自分の誕生日のために、どうせゴミ箱行きになるだけの役に立たないもの以外に使ったことで、幸せに感じた。
数日後、次の試験に向けて準備しながらまた同じ公園を歩いていると、その夫婦がまたやって来た。前回私に話したことを覚えていないようで、今度はまったく違う話をした。そのため私はなんだか懐疑的になって、現金は持っていないと言った。彼らは、近くにある銀行を知っているから問題ないと言った。
私は立ち去りたかったけれど、彼らはまた身の上話を始めて、私はそうやって嘘をつくのは好きじゃないと説明しようとしたけれど、彼らはフランス語がそれほどできないから分かってもらえなかった。そして故郷のルーマニアについて話して、経済難民がどんな状態にあるか、ベルギーは新しい人生を始める唯一のチャンスなのだと語った。
これにはちょっと心を動かされた。私の曽祖父母も戦後バルカン半島から渡ってきて、恐らくこれと同じことをしなければならなかったからだ。もっとも、曽祖父母はルーマニア人ではなくロマだったけれども。
私は、助けましょう、でもこれが最後ですよと言った。銀行までの途上、私は会話をしようとして、自分の家族のこと、自分の家族もかつてあなたたちのようだったのだと話したが、彼らは私がロマのハーフであることを喜んでいないようだった。私は彼らにお金(今回も70ユーロ)をあげて、この人たちと会うのも最後だろうなと思いながら別れを告げた。
その後数日間、私はまた彼らに何度も会って、その度にお金をあげた。曽祖父母も当時誰かが助けてくれたら喜んだだろうと思ったので、彼らを助けたいと思った。でも彼らはお金が必要な理由について毎回違う話をして、変わらないのは彼らがルーマニア人だという点だけだった。そして毎回私は、彼らの身の上話を知る必要はないんだ、お金が必要な理由は私には関係がないんだと自分に言い聞かせた。やがて200ユーロ(※約2万6,500円)ぐらいあげるようになって、嫌だとは思わなかったけれど私も大金持ちではないので、次こそはやめようと決心した。
次に会ったとき、私は彼らにもうお金はあげられないと言った。男はすごく怒って、家賃を払ってくれるかルーマニアに戻る飛行機のチケットを買ってくれないとだめだと言った。私はすごく混乱した。お金をあげないと言えば喜ばないのは分かっていたけど、私に向かって怒鳴るとは思っていなかった。私はまだ持っていたお金を彼にあげたけれど、硬貨だった。それでも彼は受け取った。そしてこう言った。「明日の午後1時にあの場所に来い。金を持ってな」。彼は公園の中の鬱蒼とした木々に囲まれた場所を指定した。しかもちょっと離れたところに子供たちの遊び場があるので、すごくうるさい場所だ。
私は貧困者のための救済組織に連れて行けば助けてあげられると言ったが、彼は何か私には理解できない理由でそれを望まなかった。彼のフランス語は突然くだけた調子になった。そこで、そういう組織に行くのが恥ずかしいと思っているのなら、警察に行けば全部うまいことやってくれると言った。彼らが不法移民だと分かったのは、この時だった。
私はその気味の悪い場所での会合には行かなかった。彼とその家族には、最後に一度だけ、公園を友達と歩いているときに会ったけれど、近づいて来ようとはしなかった。一人じゃなかったからだろう。その後数日間は約束を破ったのですごく罪悪感があって、彼らが十分なお金を手に入れられるように募金か何か始めようかとさえ思った。彼らとはその後会っていない。数日後、警察が公園を浄化してそこに住んでいた移民を、戦争を逃れてきた人たちを除いて全員送り返したのだと聞いた。
私は今でもホームレスの人たちにはお金をあげるけれど、財布は見せないようにしている。こういう経験をしたのは私だけじゃないからだ。数人の友人も、祖母も同じ経験をした。
翻訳元:Quora
こういう考え方ってやっぱり背景にキリスト教があるんでしょうか。
関連記事:
外国人「日本で奇妙な経験をしたことってある?」
外国人「日本でホームレスの隣りに女の子が座った。そして・・・」
外国人「日本の飲食店ではホームレスがタダで食べ物を貰えるって本当?」
外国人「日本は移民の国になりつつあるの?」→「ないわ」

日本をだめにする恩返し 日本をよくする恩送り。 (10分で読めるシリーズ)
参考:
「今、アメリカで徐々に広まりつつある優しい世界。それは「Randome Act of Kindness(ランダムアクトオブカインドネス)」。と呼ばれるものだ。直訳すると「ランダムな親切の行い」となるが、これが意味するのは「見ず知らずの他人や対象人物を限定せずに、名乗ることなく、思いがけない時、場所で、親切な行いをすること」。日本でいうところの「恩送り」に近い。」
思いがけない人のやさしさに触れたとき、そのやさしさは伝播する。アメリカで広がる「ランダムアクト・オブ・カインドネス」(2015年3月11日) - エキサイトニュース(1/5)
■回答者(ベルギー)
ある。
試験に向けて準備しながら公園を歩いていたら、二人の子供を連れた夫婦が近づいてきた。家賃を払えなくて家を追い出されて、今は路上で生活しているのだという。安宿かどこか寝る場所にお金を払えるように、いくらかくれと言った。
私はホームレスの人たちにはいつも弱くて、歩道に座っているホームレスの人がいると何もしないで通り過ぎることができず、いつもいくらかのお金をあげている。一度そのまま通り過ぎようとしたこともあったけれど、結局引き返して財布を空にした。このときも、他の人なら確実にお金をあげると思ったので、20ユーロ(※約2,650円)あげようと思った。
財布から20ユーロ札を取り出して渡そうとすると、男はもっとくれと言った。そこで50ユーロ(※約6,600円)にしようと思ったら、彼は私の財布から20ユーロ札と50ユーロ札を両方取った。それは感心しないなと言うと、彼は自分がどれだけ食べたり子供たちにおむつを買ったりしなくちゃいけないのかを話し始めた。
私は、こういう人たちが明らかに困難な状況にあるのに自分のことを考えていたと気づいて、すぐに罪悪感を覚えた。彼らとしばらく話して、女性は私をハグして、そうして別れた。私は持っていたお金を、自分の誕生日のために、どうせゴミ箱行きになるだけの役に立たないもの以外に使ったことで、幸せに感じた。
数日後、次の試験に向けて準備しながらまた同じ公園を歩いていると、その夫婦がまたやって来た。前回私に話したことを覚えていないようで、今度はまったく違う話をした。そのため私はなんだか懐疑的になって、現金は持っていないと言った。彼らは、近くにある銀行を知っているから問題ないと言った。
私は立ち去りたかったけれど、彼らはまた身の上話を始めて、私はそうやって嘘をつくのは好きじゃないと説明しようとしたけれど、彼らはフランス語がそれほどできないから分かってもらえなかった。そして故郷のルーマニアについて話して、経済難民がどんな状態にあるか、ベルギーは新しい人生を始める唯一のチャンスなのだと語った。
これにはちょっと心を動かされた。私の曽祖父母も戦後バルカン半島から渡ってきて、恐らくこれと同じことをしなければならなかったからだ。もっとも、曽祖父母はルーマニア人ではなくロマだったけれども。
私は、助けましょう、でもこれが最後ですよと言った。銀行までの途上、私は会話をしようとして、自分の家族のこと、自分の家族もかつてあなたたちのようだったのだと話したが、彼らは私がロマのハーフであることを喜んでいないようだった。私は彼らにお金(今回も70ユーロ)をあげて、この人たちと会うのも最後だろうなと思いながら別れを告げた。
その後数日間、私はまた彼らに何度も会って、その度にお金をあげた。曽祖父母も当時誰かが助けてくれたら喜んだだろうと思ったので、彼らを助けたいと思った。でも彼らはお金が必要な理由について毎回違う話をして、変わらないのは彼らがルーマニア人だという点だけだった。そして毎回私は、彼らの身の上話を知る必要はないんだ、お金が必要な理由は私には関係がないんだと自分に言い聞かせた。やがて200ユーロ(※約2万6,500円)ぐらいあげるようになって、嫌だとは思わなかったけれど私も大金持ちではないので、次こそはやめようと決心した。
次に会ったとき、私は彼らにもうお金はあげられないと言った。男はすごく怒って、家賃を払ってくれるかルーマニアに戻る飛行機のチケットを買ってくれないとだめだと言った。私はすごく混乱した。お金をあげないと言えば喜ばないのは分かっていたけど、私に向かって怒鳴るとは思っていなかった。私はまだ持っていたお金を彼にあげたけれど、硬貨だった。それでも彼は受け取った。そしてこう言った。「明日の午後1時にあの場所に来い。金を持ってな」。彼は公園の中の鬱蒼とした木々に囲まれた場所を指定した。しかもちょっと離れたところに子供たちの遊び場があるので、すごくうるさい場所だ。
私は貧困者のための救済組織に連れて行けば助けてあげられると言ったが、彼は何か私には理解できない理由でそれを望まなかった。彼のフランス語は突然くだけた調子になった。そこで、そういう組織に行くのが恥ずかしいと思っているのなら、警察に行けば全部うまいことやってくれると言った。彼らが不法移民だと分かったのは、この時だった。
私はその気味の悪い場所での会合には行かなかった。彼とその家族には、最後に一度だけ、公園を友達と歩いているときに会ったけれど、近づいて来ようとはしなかった。一人じゃなかったからだろう。その後数日間は約束を破ったのですごく罪悪感があって、彼らが十分なお金を手に入れられるように募金か何か始めようかとさえ思った。彼らとはその後会っていない。数日後、警察が公園を浄化してそこに住んでいた移民を、戦争を逃れてきた人たちを除いて全員送り返したのだと聞いた。
私は今でもホームレスの人たちにはお金をあげるけれど、財布は見せないようにしている。こういう経験をしたのは私だけじゃないからだ。数人の友人も、祖母も同じ経験をした。
翻訳元:Quora
こういう考え方ってやっぱり背景にキリスト教があるんでしょうか。
関連記事:
外国人「日本で奇妙な経験をしたことってある?」
外国人「日本でホームレスの隣りに女の子が座った。そして・・・」
外国人「日本の飲食店ではホームレスがタダで食べ物を貰えるって本当?」
外国人「日本は移民の国になりつつあるの?」→「ないわ」

日本をだめにする恩返し 日本をよくする恩送り。 (10分で読めるシリーズ)
スポンサーリンク



現金を与えるのではなく、勤労の義務を果たせる職場を
紹介してやるのが最もお互いにとって良いのかなってこと